紺碧のアビタシオン第35回 美貴子、大連から帰国し自由ヶ丘の新居に
紺碧のアビタシオン第35回 美貴子、大連から帰国し自由ヶ丘の新居に

美貴子が女高師に入学するのを前に、父は仕事をやめ、大連を離れて、家族とともに日本に戻った。自由ヶ丘に建てた新築の家が、両親、美貴子、妹の富美子、家族四人の新しい住まいとなった。

和洋折衷の新居への不満

その家は、日本の著名な建築家によるものだったが、美貴子はこの家が好きではなかった。塀や門や外壁に大谷石がふんだんに使われ、近所では「洋館」と呼ばれていたが、実際のところは、和風の縁側や茶の間や床の間のある和室、洋風の応接間、書斎や居室が入り交じったアンバランスな和洋折衷の家だった。

和風の家がいい、という母の希望と、大連時代のような洋風の家を求めた父の意見のどちらも尊重した結果ではあったが、美貴子は自宅に戻るたび、家の文句を口にした。

「私だったらこんなちぐはぐな家にしない。私ならもっと素敵に作れるのに!」

「できもしないことを軽々しく口にするもんじゃありません。あなたは女高師を出て、家事科の先生になればそれでいいんです!」

寄宿舎では舎監の先生に目をつけられ、家に帰れば母に𠮟られる。いい加減にうんざりすることもあったが、それでもまだ、あの寄宿舎にいるよりはましだ。

週末の銀座での家族団らん

週末に美貴子が帰ってくると、家族そろって銀座に繰り出し、レストランで食事をした。銀座四丁目交差点にある服部時計店の時計塔や銀座の町並みを見ると、大連には遠く及ばないが、それでもどこか懐かしい気持ちにもなった。

服部時計店の向かいが三越、その奥が松屋で、父は母や美貴子たちになんでも好きなものを買ってくれた。ハンカチーフ、小さな香水瓶、ブローチ、手袋やスカーフ……。何を買ってもらってもうれしかった。服部時計店の並びには、建設中のモダンな建物があって、噂によれば改装中の書店ということだった。

最先端の洋装、断髪姿で町を往く、モボ(モダンボーイ)、モガ(モダンガール)という時代はすでに過ぎ去ってはいたけれど、和装であっても洋装であっても銀座にはやはりおしゃれな人が多い。そんな人たちを見れば、美貴子の心はまた大連に飛んだ。女学校の皆はいったいどうしているだろう……。