能登半島の海岸沿いの国道を車で走ると、目を奪われる風景がある。海に浮かぶ木組みの構造物。それが穴水町の伝統的ボラ漁で使われてきた「ボラ待ち櫓」だ。
高さ10メートルほどの櫓の上から、浅瀬を回遊するボラの群れを待ち構え、海中に張った網を引き上げる。水が澄んだ穴水湾(七尾北湾)特有の漁で、案内板には「のんびりした手法」と紹介される。警戒心が強いボラが相手で粘り強さが求められ、最盛期には50基近くあったとされる。
海に浮かぶ「ボラ待ち櫓」
明治時代、米国人天文学者のパーシヴァル・ローエルもこの風景に驚きを記した。旅行記「NOTO」(1891年)では「対岸の樹木を背景にして姿を現わしたのは、私が生まれて初めて見るような、世にも不思議な水上構築物であった」と書き、「ノアの大洪水以前にあった掘っ立て小屋の骨組を、これも有史以前の伝説による怪鳥ロックが見つけて、巣に選んだ場所とでも形容できようか」と続けた。
当時、大森貝塚を発見したエドワード・モースら日本を旅した外国人が多くいた。彼らは「ジャパノロジスト」と呼ばれ、日本の珍しい風景や風習を欧米向けに紹介した。ローエルは1889年、長野、新潟、富山を経由して能登に到達。穴水湾の船から見たボラ待ち櫓に格別な関心を抱いたようで、漁師に頼んで上らせてもらい、「小説を読みふけるには最適な場所だ」と記す。その目には今と同じく、穏やかに波打つ湾が映ったはずだ。ローエルの上陸を記念し建てられた石碑もある。
ローエルが「オランダの風景」と評した穴水
町の中心部を流れる真名井川。ローエルは水に恵まれた穴水を「オランダの風景」のようだと評した。彼は半島の中央部にあたる穴水で能登の旅を切り上げた。和倉では、自身がこの地を訪れた最初の外国人でないことを知った失望も記している。評伝「火星の旅人」を執筆した東京外国語大講師の入江哲朗さんは「『辺境』を期待した彼にとって、これ以上旅を続ける意味がないと感じたのではないか」と話す。
それでも旅は失敗ではなかった。文学的表現に長けた旅行記は多くの読者を獲得し、「能登を世界に発信した」功績から穴水町では彼の顕彰碑が建てられるなど、日米交流の架け橋となった。ローエル(1855~1916年)は、米ボストンの大富豪ローエル家に生まれ、ハーバード大で数学や歴史などを学んだ。1883年から93年にかけて度々来日し、日本関連の書籍を刊行。独自の日本文化論をまとめた「極東の魂」は、小泉八雲にも「驚くべき本」などと絶賛された。帰国後は私財を投じてローエル天文台を建設し、火星に文明の痕跡が存在するという「火星運河説」を唱えた。
地震で傷ついた文化財と修復の歩み
穴水町の古社・長谷部神社には、宮司の東四柳史明さん(78)が保管する古文書がある。「ボラ網漁が紹介された江戸時代の貴重な記録です」。慶応3年(1867年)、住民が大庄屋を通じて加賀藩に漁の公認を願い出る内容で、湾内で試しにボラ網をおろしたところ、たくさんボラが取れたので、これからは「銀拾五匁」を税として納めたいと記す。
県漁業協同組合穴水支所運営委員長の宮本久志さん(67)は「穴水のボラは泥臭くなく、刺し身でも食べられる」と話す。早朝に行われ、日中の農作業とも両立できる漁は地域一帯に広がり、独特の食文化が根付いた。
豊かな歴史を象徴する町の文化財は、2024年元日に発生した能登半島地震で大きな被害を受けた。漁業と並ぶ主産業だった鋳物の歴史を紹介する能登中居鋳物館も休館が続く。「人口流出が続く中、能登の文化をどう守るかが課題だ」。歴史学者でもある東四柳さんは神妙に語る。
「能登復興のためにできることで貢献したい」
同町曽良では、被災した真言宗寺院・千手院の修復作業が進む。6月に同院を訪ねると、神戸市の1級建築士・曺弘利さん(73)が床や壁の取り換え作業を行っていた。阪神大震災の被害から立ち直った経験もあり、「能登復興のためにできることで貢献したい」と定期的に被災地を訪れる。
同院は地震後、ボランティアらの活動拠点となった。今月11、12日には専門家や住民が集まる「能登○○大学」が開催され、能登の食文化の未来をテーマに話し合った。地震から2年半。能登に思いを寄せる人々の交流から、新たな町の姿が作られつつある。
ジビエ料理と「あなみず餃子」
国道沿いにある「奥能登里山 Sanglier(サングリエ)」(金〜月営業)は、穴水湾を一望できる店内でジビエ料理を楽しめるカフェ。地震後に一時休業したが、再開し、人々の憩いの場となっている。町内などで捕れたイノシシやシカを使ったメニューが売りで、「しし肉のスープ」は食べ応えのあるイノシシの肉団子が醤油ベースのスープとよく合う。「能登は山の恵みも豊富。質の良いジビエを堪能してもらえたら」と店主の河島りかさん(53)は話す。
町がご当地グルメとして売り出している「あなみず餃子」もおすすめ。切り干し大根が入り、しゃきっとした食感が特徴で、同店特製のラー油と黒酢をつけて味わえる。
復活への挑戦とアクセス
「能登の里山里海」が2011年に世界農業遺産に認定されたのを機に、穴水町では有志がボラ待ち漁の復活に挑んだ。同町新崎の山瀬孝さん(66)は「1回の漁で50匹以上取れたこともある」と振り返る。現在は再び途絶えているが、能登の風物詩として存在感は抜群。国内外に向けた発信を期待したい。
アクセスは、金沢駅から穴水駅まで七尾駅経由で約2時間20分。車はのと里山海道を利用し金沢市から穴水町まで約1時間45分。能登空港(輪島市)から15分。公式観光サイト「生きている穴水」では、町内のグルメ情報やおすすめスポットを紹介している。



