徳島・吉野川市の伝統「湯神楽の神事」、81歳神職が守り抜く
徳島県吉野川市川島町の八幡神社で、市指定無形民俗文化財「湯神楽の神事」が今も変わらず執り行われている。19年前に連載「撮り語り 四国のまつり」で取材された神職の鎌田成之さん(81)が、当時と同様に神事を務め続けている。神社は移転し社殿も新しくなったが、伝統はしっかりと受け継がれている。「四国三郎」の異名を持つ大河・吉野川の名を冠した地で、歴史ある神事の現在を訪ねた。
令和に建てられた「日本一新しい神社」での神事
1月9日午前9時頃、鎌田さんと合流して向かった八幡神社は、社殿も鳥居も真新しかった。地区の男性は「令和元年(2019年)に建てられた。日本で一番新しい神社なのでは」と誇らしげに語る。砂利敷きの敷地の四隅に竹が立てられ、しめ縄が張られている。祭壇には供物が並び、そばには銀色に光る鉄製の大釜が置かれ、湯が沸き立っていた。この大釜は地区内の鉄工所で新たに作られたもので、移転前の赤土の釜から様変わりしている。
午前10時過ぎ、祝詞の奏上に続き、鎌田さんが沸き立つ湯に笹の束を入れ、勢いよく左右に3回振る。飛び散った湯玉が、境内で頭を下げる約30人の氏子の頭上に降り注ぎ、鎌田さんの周囲には雲のように白い湯気が広がった。これを3回繰り返し、神事は終了する。「天候も良く、今年も変わらず神事ができて良かった」と鎌田さんは笑顔を見せた。
吉野川市によると、湯神楽の神事は江戸時代中期に行われていたと伝わる。当時でも珍しいとされた行事が、令和の現代にも引き継がれていることに、深い感慨を覚える。
人口減少の中、23社の神事を執り行う神職の苦労
鎌田さんが普段いるのは、吉野川の流れを望む高台に立つ川島神社(吉野川市川島町)だ。川の改修工事で移転を余儀なくされた複数の神社を合祀し、大正時代に建立された。鎌田さんは川島神社の宮司を務め、近隣の八幡神社の神職も兼ねている。
徳島県神社庁によると、県内の神職は昨年時点で222人いる一方、神社の数は1267社に上る。そのため、1045社は他の神社の神職らが兼務する状況だ。鎌田さんが1966年に宮司に就いた当時、川島神社を含め8社の神職を兼ねていたが、引退した神職から引き継ぎ、現在は長男と2人で計23社の神事を執り行っている。
祭礼に忍び寄る四国の人口減と担い手の減少。鎌田さんの最大の懸念は、住民が減ることで氏子がいつの日かいなくなり、神事ができなくなることだ。「氏子がいなくなってしまうと、神職だけではどうにもならない。山間部などでは、管理者もいない神社が出るのでは」と憂慮する。
子や孫も神職の道へ、伝統を次代へつなぐ決意
神事の灯を絶やすまいと、鎌田さんの子や孫も神職の道を歩んでいる。長男は現在、徳島県内の神社で神職を務め、長女は岡山県内の神社の神職に嫁いだ。孫の一人は香川県内の神社で神職となり、小学生の頃から「おじいちゃんの跡を継ぐ」と言っていた別の一人は東京の大学で神職になるための勉強中だという。
鎌田さんは「何とも言えずうれしい。何代も続いてきた神社を次代へつないでいける」と相好を崩す。地域の祭礼行事や民間芸能は神社が舞台になることが少なくない。「変わらないことを、変わらないように続けることに意味がある」と鎌田さんは語る。今に残る湯神楽の神事は、何世代にもわたって神社を守り続けた結晶だと心に刻む再訪となった。
伝統を守り抜く神職の姿は、人口減少が進む地方社会において、文化継承の重要性を改めて問いかける。湯神楽の神事が今後も続いていくことを願わずにはいられない。



