江戸の出版現場に届いた衝撃の知らせ
刻をかけて校合摺を検め終えた梨春は、「私が見た限りでは直しはございません」と告げた。その言葉に、伊八も冬羽も胸に手を当て、「ふう」と声に出して息を吐いた。寸分のずれもなく揃った仕草に、夫婦の相性を見たような気になって、梨春の頰はおのずと緩んだ。
「念のため、故郷にこの見本を送りまして、校了とできればと存じます」と梨春が告げると、伊八は頷き、冬羽は「あ、そうだ」とつぶやいて腰を上げた。慌ただしく暖簾を分けて奥の座敷に駆け込んだと思ったら、一巻の書状を手に戻ってきた。
三谷俊造からの書状がもたらす波紋
「これ、お故郷から。封が糊付けしてありますから、大事な文だと思います。昨日届いたんで、今日お持ちしようと思ったんですけどね、先生がいらしてくだすってちょうどよかった」と冬羽が差し出す。差出人に「俊」とあるから、堀内素堂の門人である三谷俊造からのものだろう。故郷とのやり取りは、校合摺の確認が主であるために須原屋を通しているが、三谷から文が届くのは珍しい。
――先生になにかあったのだろうか。胸騒ぎを覚えつつ、梨春は急ぎ鉄砲洲の店に戻るや封を切った。文字を追ううち、動悸はいっそう高まり、やがて書状を手にしたまま硬く居すくんだ。
長英逃亡の知らせと梨春の葛藤
書面は『幼々精義』の板行の労をねぎらう言葉ではじまっていたが、「以下は口外すべからず」との断り書きに続けて、思いも掛けない一文がしたためられていたのである。
〈長英 近く米沢に罷り越し候故 師其身預かる由〉
――北へ逃げたのか。伝馬町の牢が焼けて囚人は三日を期限に解かれた。が、高野長英は大槻俊斎のもとを訪ねたきり、牢には戻らず出奔したのだ。
仙台藩にはゆかりがあるゆえ北に向かったのだろうが、なにゆえ素堂を訪ねようというのか――。同じく蘭方医学を修める者として長英を助けんとする気持ちは、梨春にも痛いほどわかる。だが俊斎は、三年以内に長英を見つけ出さねば閉門に処すと奉行所から言い渡されている。長英の所在がわかった今、これを伝えれば彼は助かる。しかし永牢を申しつけられていた長英である、次に捕らえられれば死罪に処されるだろう。それは向後の医学にとって大きな損失となる。
惣十郎の顔が浮かんだ。廻方である彼にも、これは秘さねばならぬことなのだと思えば、いっそう混迷した。
――そもそも長英にどんな罪があるというのか。文を握りしめながら、梨春は言い知れぬ不条理を覚えている。



