半導体業界に詳しい関係者の間で記憶に残る出来事が起きた。Infineon社が「Spansion」のNOR型フラッシュメモリー事業とFRAM事業をWinbond社に売却し、ブランドが復活したのだ。かつてAMDと富士通の合弁で生まれ、市場から消滅したブランドが、約33年の歳月を経て再び登場することになった。
Spansionの歴史と復活までの経緯
Spansionの起源は1993年にさかのぼる。AMDと富士通が折半出資でNOR型フラッシュメモリーの合弁会社FASL(Fujitsu AMD Semiconductor Ltd.)を設立し、会津若松市の富士通工場敷地内に200mmウェハ対応の工場を建設した。2004年には製品ブランド名「Spansion」を社名に採用し、2005年に分離独立して米NASDAQ市場に上場した。
その後、NAND型フラッシュメモリーの台頭で苦戦を強いられたが、会津若松では300mm化への投資を進めた。2010年にはリーマンショックの影響でチップ価格が急落し、日米法人が連鎖破綻した。2009年にCEOに就任したジョン・キスパート氏の下で車載・産業機器向けに事業を絞り、再生を果たした。2014年にはCypress社と対等合併し、ブランドは市場から消滅した。
2019年にドイツのInfineon社がCypressを買収し、Spansion部門はInfineonに組み込まれたが、NOR型フラッシュメモリーの技術開発は継続された。そして2026年、Infineonは車載・産業機器向けNOR型フラッシュメモリー事業とFRAM事業をWinbondに売却し、Winbondは独立部門として運営するためSpansionブランドを復活させた。
日米半導体摩擦の時代と合弁設立の背景
1980年代半ばから日米間で半導体貿易摩擦が激化していた。日本メーカーのDRAM市場での躍進により、米国勢は撤退を余儀なくされ、Intelはメモリーからマイクロプロセッサーへの転換を余儀なくされた。不揮発性メモリーのEPROM市場でも、AMDやIntelは日本メーカーの低コスト攻勢に苦戦し、ダンピング問題が摩擦のきっかけの一つとなった。
当時AMD日本法人に勤務していた筆者は、日米ハイレベル会議にも同席したが、米国側の「もっと買え」と日本側の「要求に応えよ」という押し問答が続くだけで進展はなかった。そんな中で発表されたAMDと富士通の合弁会社設立は、業界に大きな衝撃を与えた。AMDのNOR型フラッシュメモリー設計技術と、富士通の高品質な製造技術を組み合わせたこの協業は、理想的な日米連携の事例として賞賛された。
新生Spansionの今後
フラッシュメモリーは、読み出し速度が速く高集積化しにくいNOR型がプログラムやファームウェアの格納に、高集積化が容易なNAND型がSSDなどのデータストレージに使われるようになった。AI時代の到来でデータセンター向けSSD需要が急増し、市場規模に大きな差が生じている。
新生SpansionはWinbondの傘下で、車載、産業機械、宇宙衛星などのアプリケーションでNOR型フラッシュメモリーの特徴を活かした市場で事業を継続していく。