AI時代に電卓が売れ続ける理由 10万円モデル完売の背景とは
AI時代に電卓が売れ続ける理由 10万円モデル完売の背景

スマートフォンや生成AIが身近になった今も、電卓の世界出荷台数は過去5年でほぼ横ばいを維持している。カシオ計算機が今年4月に発売した9万9000円(税込)の高級電卓『S100X 漆Edition』は、国内向けが約1ヵ月半で完売した。単機能の専用機が選ばれ続ける理由を、同社の商品企画担当者に聞いた。

スマホ普及も出荷台数は横ばい

総務省の「令和7年通信利用動向調査」によると、日本国内の世帯保有率は91.8%に達する。計算機能が標準で備わるスマホの普及により、電卓の出番は減ったと考えるのが自然だ。カシオで電卓の商品企画を担当する玉本真一さんも、当時は「売り上げが半分くらいになってもおかしくない」と心配していたという。

しかし実際には、影響は想定ほどではなかった。カシオが世界に出荷する電卓(一般・関数電卓の合計)の台数は、ここ5年をみても大きく下がっておらず、ほぼ横ばいを維持している。

プロの現場が求める「確かな操作感」と「速さ」

玉本さんは「飲み会の会計など、日常の『ちょっと使い』の計算シーンは、確かに電卓からスマホに置き換わっている」と認める一方、「経理関係の方や税理士、会計士など、『絶対に計算を間違えられない現場』では、今も電卓が強く求められている」と話す。

その理由の一つが、指先の手応えだ。「スマホはツルツルしたガラスの画面を叩く感覚ですが、電卓はボタンを押し込むと、ある程度のクリック感があります。『自分は確かにこのキーを押したんだ』と指先で分かる。そこが電卓の良さだと思います」と玉本さんは説明する。

また、ちょっとした計算ならPCを起動するより電卓を叩くほうが早く、アプリを立ち上げる数秒の手間も積み重なればストレスになる。さらに、iPhoneが10万円を超えるなどスマホの高価格化が進むなか、「厳しい環境では、そんな高価なものを使いたくない」という意識も電卓を選ぶ理由になっているという。「専用機であれば、かなり厳しい品質試験をクリアしていて耐久性も高いので、ハードな現場でも気兼ねなく使えます」と玉本さんは語る。

カシオでは用途や職種に合わせて電卓を細かく作り分けており、見やすい大型ディスプレイや静音設計の『本格実務電卓』、右手用・左手用で傾きが異なる『人間工学電卓』、水回りや粉塵の多い環境で使える『防水・防塵電卓』、入力した数字を印字できる『プリンター電卓』などをそろえる。

高級電卓の完売が示す「嗜好品」への変化

今年4月に発売された『S100X 漆Edition』は、3万円以上の高級モデル「S100」シリーズに本漆の塗装を施した特別版で、価格は9万9000円(税込)。世界限定650台のうち、国内向けは約1ヵ月半で完売した。玉本さんは「価格が価格なので、こんなに早く売れるのは予想外でした」と振り返る。

購入者には、持ち物に強いこだわりを持つ税理士もいたという。「電卓は今後、嗜好品のようになっていくのかなと思っています。漆の電卓は、まさにその足がかりの一つです」と玉本さんは話す。カシオではカラフルなものや葛飾北斎の絵をあしらったものなど、デザイン性の高い電卓も展開している。

生成AI時代の「答えを確かめる相棒」

生成AIの広がりも、電卓に新たな役割をもたらしつつある。「生成AIは人が壁打ちなどをして大きな指標を作っていくツールだと思います。個人的には、電卓はそのAIが出してきた答えに対して、本当かどうかと確認する相棒のような感じで存在し続けてくれるのかなと思っています」と玉本さんは語る。

カシオは「販売台数が劇的に伸びる市場ではないので、今ある層を手堅く取っていくことが大事」とし、入学や就職のタイミングで手に取ってもらえるラインナップを用意し、定期的にモデルを刷新していく方針だ。スマホや生成AIが得意なことはそれらに任せ、計算は電卓で確かめる。多くのツールが多機能化するなかで、一つの目的を磨き上げた専用機ならではの価値が際立っている。