「幽霊を見た」は脳のせい? 脳神経内科医が心霊現象のメカニズムを解説
「幽霊を見た」は脳のせい? 脳神経内科医が解説

人はなぜ「幽霊」を見るのか―。脳神経内科の医師が脳科学を基に心霊体験の解明を目指している。福岡県久留米市の古賀病院21に勤務する古谷博和医師(69)。パーキンソン病や筋ジストロフィーなどの難治性神経・筋疾患が専門だが、「最近よく幽霊を見るようになった」と話す患者らも診察に訪れる。

患者が語った「知らない男女」の幻覚

古谷さんの元を訪れた60代の男性患者は「知らない男女が急に家に現れるんです」と語り始めた。ある日の昼、男性の自宅の居間に突如、6人の見知らぬ男女が上がり込んできた。男性が「誰だ!」と叫び、相手の肩に手を伸ばした瞬間、全員がフッと姿を消した。さらに別の日には5人の男たちが室内に現れ、黙々と葬式用の祭壇を組み立て始めた。そして祭壇の上に飾られていたのは、男性本人の遺影だった。男性が「やめろ!」と叫ぶと、男たちは祭壇ごと跡形もなく消え去った。

診察の結果、男性は「バリント症候群」という高次脳機能障害を患っていることが判明した。見えているものの実際の位置と脳が認識する位置感覚にズレが生じる疾患で、「男性が過去に見たことのある男女や祭壇が、現実の空間に投映された可能性が高い」(古谷さん)。男性の妻によると、男性は当時、何もない空間に手を伸ばし、独り言をつぶやいていたという。

睡眠不足が引き起こす「入眠時幻覚」

男性は慢性的な不眠症を患っており、脳に疲労もたまっていた。そこで、精神科の医師とともに睡眠のコントロールを行ったところ、疲労は和らぎ、次第に幻覚は出現しなくなった。古谷さんは「『脳機能障害が時折、怪異なものを見せる』との研究を始めるきっかけになった」と振り返る。

夜間にタクシーを運転中、「上半身のない女性の足だけが車の前を横切り、消えていった」というタクシードライバーの男性から相談を受けたこともある。男性は当時、長距離運転で心身ともに疲労困憊(ひろうこんぱい)し、深刻な睡眠不足に陥っていたことから、「入眠時幻覚」を起こした可能性があった。突然強い眠気に襲われた男性は運転中の姿勢のままで一瞬眠ってしまった。その間に見た「上半身のない女性」の夢を、覚醒後に「現実」として認識してしまった、と推察された。

怪談も脳神経学的に説明可能

古谷さんによると「夢を見る状態を『レム睡眠』と言うが、睡眠不足が続くと突然の眠気とともに、一瞬でレム睡眠状態に陥るケースがある」という。「心霊体験をした人を気味悪がらず、そのメカニズムを解き明かすことで周囲の理解につなげたい」と話す古谷さんは、幽霊の出現や怪談の大半が脳神経学的に説明できるとしている。これまで患者の体験談にとどまらず、各地に伝わる怪談などを、脳機能障害や睡眠障害による幻覚パターンと照合しながら診察や分析を続けてきた。昨年には研究をまとめた著書「幽霊の脳科学」(ハヤカワ新書)を出版し話題を集めた。今も患者の話に寄り添いながら、診断と治療につなげている。