アイロボットジャパンが日本市場向けに企画した小型ロボット掃除機「Roomba Mini」(ルンバ ミニ)が、同社の想定を上回る反響を得ている。アイロボットジャパンの山田毅社長によれば、既存のモデルからルンバ ミニへと需要が移ったのではなく、従来モデルの販売を維持したままルンバ ミニが上乗せされる形で伸びたという。
「イメージでいうと、今までのルンバが100だったとして、Miniを発売してから130とか150になった。今までのルンバは売れ行きをキープしていて、その上にルンバ ミニが乗ってきているんです」(山田氏)
購入者を調べると、これまで十分に取り込めていなかった若いユーザーなど、新しい層が目立った。Miniを通じて市場そのものを広げられたことは、この1年の大きな成果のひとつだと山田氏は振り返る。反響は大きく、生産体制の増強にともなって一時的に出荷が滞るほどだった。
「大きすぎる」でルンバを諦めていたユーザー
ルンバ ミニが支持された理由として真っ先に浮かぶのは、その名の通り本体の小ささだ。だが、山田氏の話を聞いていると、単に小型化したから売れた、という単純な話でもない。山田氏は、現在も量販店の店頭に立ち、実際にユーザーへ接客しながら反応を確かめている。そこでより明確に見えてきたのは、従来サイズのルンバを「大きい」と感じていたユーザーの存在だ。
「今までルンバが欲しかったんだけど、『これ、我が家には大きくて……』と思っていた人に、ようやく選んでいただけるようになった。そんな感じですね」(山田氏)
こうしたユーザーは、ロボット掃除機そのものに興味がなかったわけではない。欲しいとは思っていても、自宅には大きすぎるのではないかと考えて選択肢から外していたわけだ。日本の量販店では、自社製品だけでなく競合メーカーのロボット掃除機も同じ売り場に並ぶ。海外の場合、オンライン販売が中心で実店舗だと扱うモデルが限られる地域もあるため、海外の関係者が日本の売り場を見ると驚くという。その環境で実物を横に並べてみると、サイズの違いは明快だ。
この「小さいこと自体に価値がある」というのは、いかにも日本らしい。ただ日本に限らず、海外でも都市部のコンパクトな住居などでは、家具の間など細かな場所へ入りやすい小型ロボット掃除機にはニーズがある。実際のところ、イギリスなどではかなり注目されている。
小さくするだけではダメだった
もっとも、小型ロボット掃除機という発想自体は新しくない。国内メーカーからも、過去に小型モデルが登場している。アイロボットも、日本では小さなルンバへの需要があることを以前から認識していた。ただし、小型化すれば吸引性能やゴミ容量などに影響が出やすい。サイズを小さくするだけでは、掃除機としての使い勝手を損ないかねなかった。
山田氏は、ルンバ ミニを実現できた背景として、バッテリーやゴミ収集、障害物回避などの技術がそろってきたことを挙げる。小さな本体は、従来モデルよりも狭い場所に入っていく。そのぶん、ケーブルなどの障害物に遭遇する場面が増えるため、周囲を認識して避ける能力も重要になる。
「ただ小さいだけじゃなくて、技術が進化したことで“小さくてもスゴイやつ”ができた。それが成功の要因かなと思っています」(山田氏)
小型化することで生じるトレードオフが小さくなり、従来のルンバと大きく変わらない掃除体験を提供できるようになった。それが、ルンバ ミニを商品として成立させた理由のひとつだ。
水拭きは、本当にすべての家庭に必要?
ルンバ ミニの開発から見えてきたもうひとつのポイントが、機能の「引き算」だ。現在のロボット掃除機は、吸引だけでなく水拭きにも対応する製品が増えた。もちろん、ルンバファミリーにも水拭き対応モデルがある。それどころか、汚れた水拭きモップの自動清掃と温風乾燥まで自動のモデルも多い。こうした点は、スペック上では分かりやすい競争力になる。ただ、それをすべてのユーザーが求めているとは限らない。
山田氏が量販店の店頭で「床の水拭きはしますか」と尋ねると、「(ロボット掃除機は)水拭きもできるの?」と初めて知る人もいれば、「別に水拭きはいらない」と答える人も少なくないという。一方で、土足で生活する海外の地域では、水拭きのニーズは日本より大きい。
「海外の目線では、『高機能な水拭きがないのにライバルとの競争に勝てるのか』という話になる。でも、これは競合の話じゃない。お客さまのニーズの話だ――と言い切ったんです。この割り切りが価値ですよね」(山田氏)
山田氏は「引き算で物事を考えていったときに、日本人にはぴったりだった」と振り返る。家電製品に限ったことではないが、新しい機能の追加は製品の進化として語られやすいもの。他社が備える機能を自社も搭載し、さらに付加価値を加える。そうした競争を続けているうちに、実際に使う人の感覚から離れていってしまうことは少なくない。
「ふと気づくと、お客さまが置き去りにされていて、多機能のものばかりで『差別化だ』『付加価値だ』と言ってはいないでしょうか。それがお客さまにとって本当に差別化になっているのか。お客さまが価値を感じてくださるものを提供することが、実は一番の近道だったりするんです」(山田氏)
日本の声を製品へ反映するスピードも変わった
ユーザーのニーズが分かっても、製品へ反映するまでに時間がかかれば市場の変化に追いつけない。その点で、アイロボットが中国PICEAのグループとなって大きく変わったのは、「商品企画や意思決定のスピード」と山田氏は断言する。以前は、日本側から米国へ話を伝え、そこから中国の製造側へ伝わり、再び米国を経由して日本へ戻ってくることもあった。時差もあり、一度のやり取りだけで日数を要する。現在は、日本側から中国の商品企画や製造担当者へ直接話ができる。
「まずはスピード感です。圧倒的にコミュニケーション量が増えました」(山田氏)
たとえば新製品で変更したい点があれば、すぐにオンラインで技術者と話し、複数の設計案、それぞれのメリット、金型への影響、発売時期がどれくらい変わるかまで詰めていく。内容によっては、以前なら数カ月かかった可能性がある判断が半日程度で進むこともあるという。ルンバ ミニの成功によって日本市場への関心も高まり、海外のメンバーが日本を訪れ、量販店などでユーザーや売り場を見る機会も増えている。
「売る」だけでなく「使い続けてもらう」
山田氏が次の課題として挙げるのが、ルンバを買ったユーザーに長く使い続けてもらうこと。ロボット掃除機は、買って電源を入れれば終わりという製品ではない。Wi-Fiへの接続やアプリとの連携など、初期設定でつまずくユーザーもいる。日本限定サービス「ルンバ プレミアム」では、電話によるサポートを手厚くし、セットアップ時などに問題が起きたとき早い段階で解決できるようにしている。山田氏によれば、返品されてくる製品の中には、実際には故障しておらず、設定や使い方が原因だったケースも多いという。
「売るという話ではなくて、お客さまの体験を良くすることに(ルンバ プレミアムは)すごくつながっていると思います」(山田氏)
サブスクリプションサービスの「ロボットスマートプラン+」でも興味深い動向が。ルンバを定額で使ったあと、そのまま自己所有として長く使い続けるのではなく、新品のルンバへと買い替えるユーザーが多いという。まず手軽にルンバを体験し、その価値を理解したことで最新モデルの購入につながる。サブスクが、単に安く使う手段ではなく、新しいユーザーにロボット掃除機を体験してもらう入口にもなっている。ロボットスマートプラン+を考案して主導した山田氏にとって、これは予想外のうれしいことだった。
今後について山田氏は、「もっと製品として選びやすい、そしてお客さまに合うラインナップを日本向けに変えていきたい」と話す。ルンバ ミニをきっかけに進み始めた日本向けのルンバづくりを、さらに進化させる考えだ。
5年後、アイロボットは何の会社になる?
アイロボットジャパンの社長に就任したとき、山田氏は「5年後にはアイロボットってロボット掃除機のメーカーだったんだっけ?」と言われるような会社になりたいと語っていた。その考えは現在も持っている。ただし、ロボット掃除機以外の製品を増やせばいいということではない。現在はODMを利用すれば、テレビでも洗濯機でも、さまざまな製品を作ること自体は可能だ。しかし、そこにアイロボットのブランドを付けるだけでは意味がない。
「いまは何だって作れるんです。でも『これをなぜアイロボットがやるんだっけ』というところがすごく難しい。きちんとそこにつながっていないと、自己満足になってしまうと思っています」(山田氏)
山田氏が判断基準として挙げるのは、その製品自体に明確なメリットがあるか、あるいはルンバのユーザーだからこそ得られるメリットがあるか、ということだ。「一番重要なのは、お客さまのメリットじゃないですか。どちらもなかったら、まずNG。そのメリットをどう提供していくかが、私たちの使命なんじゃないかなと思っています」(山田氏)
ルンバ ミニのヒットから始まった今回の話は、結局のところここへ戻ってくる。ライバルよりもユーザーを見る――。機能を増やす前に、その機能が本当に必要なのかを考える――。そして製品を売ったあとも、きちんと使い続けられる体験を作る――。ルンバ ミニが見せた成功は、いずれアイロボットが新しいカテゴリーへ踏み出すときにも、ひとつのモデルケースとなるのではないだろうか。