慶應義塾大学に所属する研究チームが、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表した論文「Brain-computer interface-based neurofeedback training enables transferable control of cortical state switching in humans」は、ブレイン・コンピュータ・インタフェース(BCI)を活用し、イメージトレーニング中の脳状態を可視化することで、実際の運動能力を向上させることに成功した研究報告である。
研究の背景と目的
これまで、頭の中で運動をイメージするトレーニングを行っても、本人やトレーナーが実際の脳の状態を把握することは困難であった。しかし、本研究では脳波計とAIを用いることで、脳内に電極を埋め込むことなく、脳内状態をリアルタイムで可視化することに成功した。
研究チームが脳状態の可視化において着目したのは、「感覚運動リズム」と呼ばれる脳波成分である。これは脳内で体の動きを司る運動野の近くで計測される8~30Hzの脳波である。体がリラックスした安静時には神経細胞が同期して活動するため振幅が大きくなり、逆に運動の準備や意図、実行時には活動が脱同期化して振幅が小さくなるという特徴を持つ。つまり、実際に体を動かさなくても、頭の中で「右手を動かす」と強くイメージするだけでこの脳波は変化する。
実験方法
研究チームはこの性質を利用し、イメージトレーニング中の脳のオン(運動イメージ)とオフ(リラックス)の状態を感覚運動リズムの強弱として捉え、リアルタイムで画面上の赤いバーの動きに変換して参加者に提示した。
実験では、高密度脳波計を装着した参加者の右手に電動装置を取り付けた上で、画面のバーを見ながら、自らの意思で脳の状態を素早く切り替えてバーを目標位置へと動かす訓練を2日間行った。その際、自身の実際の脳波を提示されるグループと、他人の脳波による偽の映像を見せられる対照グループに分け、二重盲検ランダム化比較試験による検証を実施した。
結果と考察
その結果、実際の脳波を見て訓練したグループは、自らの意思で脳の状態を切り替える能力が有意に向上することが確認された。一方、対照グループでは確認されなかった。
さらに、この能力はBCIを外した状態でも維持され、実際の運動パフォーマンスにも好影響を与えた。具体的には、筋肉を素早く収縮させる反応時間や、力を抜いて弛緩させる際の反応時間も短縮されることが確認された。これは、訓練によって脳内の広域なネットワークが再編成され、行動の柔軟性が高まったことを示唆している。
従来のテクノロジーを用いたトレーニングは、心電図や心拍、筋電図などの体の反応を計測するものが主流で、訓練にはジムや競技場、道具といった物理的な環境が必要であった。しかし、今回の技術を用いれば、全身の筋肉に指令を送る脳そのものを直接捉えるため、時間や場所にとらわれることなく人間の能力を拡張できる可能性がある。



