生成AIの普及によって、AIは「質問に答えるツール」から人の仕事を支援する存在へと進化しつつある。その象徴が、自ら情報を収集し、判断し、タスクを実行する「AIエージェント」だ。この変化は、PCメーカーや半導体メーカーにも新たな役割を求めている。マウスコンピューターが開催した事業戦略説明会で、同社代表取締役社長の軣秀樹氏とNVIDIA日本代表兼米国本社副社長の大崎真孝氏は、AI時代のPCの役割や日本市場におけるローカルAIの可能性について語り合った。
AIは「脳」から「手足」を持つ存在へ
大崎氏は、AIの進化が新たな段階に入りつつあると指摘する。「AIは認識し、会話する段階から、必要な情報を集め、文脈を理解し、人を支援するパーソナルアシスタントへ進化しています。これからは目的に応じたAIエージェントが増えていくでしょう」と述べた。
これに対し、轟氏はAIの変化を「脳」と「手足」という分かりやすい表現で説明した。「これまでAIは“脳”でした。考えることはできても、自ら行動することはできませんでした。AIエージェントは、その“手足”になる存在です」と語った。
AIが行動できるようになれば、PCの役割も大きく変わる。轟氏は、PCメーカーも従来のビジネスモデルでは通用しなくなるとの危機感を示す。「ハードウェアだけを販売していては生き残れないという危機感があります。AIエージェントやセキュリティ、ソフトウェアまで含めた価値を提供しなければなりません」と強調した。
そのため、マウスコンピューターでは、AIを体験できる環境づくりにも取り組む考えだ。「AIで何ができるのか」を実際に体験してもらうことで、ユーザー自身が価値を理解できるようにしたい。その実現に向けて、NVIDIAの技術を積極的に取り入れていく考えを示した。
「スパコン」が机の上にやってくる
対談では、NVIDIAが展開するローカルAI向けプラットフォーム「RTX Spark」にも話題が及んだ。大崎氏は、その性能を象徴的な数字で紹介した。「RTX Sparkは約1ペタフロップスのAI性能を持っています。かつてのスーパーコンピュータ『京』の約10分の1の性能を、約10万分の1の消費電力で実現しています」と述べた。
RTX Sparkを搭載したPCはコンパクトながら、個人が高度なAI開発を行える性能を持つ。もちろんクラウドが不要になるわけではないが、AI開発を個人の手元へ近づける存在になるという点に大きな意味がある。
轟氏も、海外で実機を見た際の驚きを振り返った。「非常にコンパクトにまとまっていて驚きました。ローカルでAIを動かせれば、クラウド利用時のセキュリティの懸念も軽減できます。日本市場には非常に適した製品になると感じました」と語った。
同社はRTX Sparkを活用した製品の検討も進めており、ユーザーが実際にAIを活用する姿を想定しながら開発を進めるという。さらに轟氏は、「AI PC」という言葉そのものも変わっていくのではないかと語った。「これからはAI PCというより、AIエージェントPCという時代になるのではないでしょうか」と述べた。
グラフィックス、AI、スーパーコンピュータが融合する
AIの進化を支えているのはGPUだけではない。大崎氏は、NVIDIAがこれまで発展させてきたグラフィックス、スーパーコンピュータ、AIという3つの技術領域が急速に融合していると説明した。ゲームではAIが映像品質を向上させ、AI自身もグラフィックス技術を使って仮想空間を生成しながら学習する。スーパーコンピュータも科学技術計算だけでなく、AI学習基盤として活用されるようになった。
「グラフィックス、スーパーコンピュータ、ローカルAI、パーソナルコンピュータが融合する世界になります。その価値を、日本の開発者やクリエイターへ届けていきたいと考えています」と大崎氏は語った。
その先には、企業だけでなく、個人が言語モデルを開発する世界も見据えている。轟氏も、「スーパーコンピュータが身近になれば、AIによってできることは飛躍的に増えます。まだ想像もできない世界が広がります」と期待を寄せた。
ローカルAIが日本企業を変える
対談では、ローカルAIの重要性についても議論が交わされた。大崎氏は、ローカルAIには「セキュリティ」「処理速度」「コスト」という3つの大きなメリットがあると説明した。さらに、国や企業が自らデータを保有・運用する「ソブリンAI」の重要性も増していくという。「日本独自のAI、日本企業ならではのAIエージェントがもっと生まれるべきです」と述べた。
一方、轟氏は日本企業には豊富なデータが蓄積されているにもかかわらず、それを十分活用できていない企業が多いと指摘した。ローカルAIを活用すれば、品質改善や修理業務、社内ナレッジの活用など、多様な業務改善につなげられる可能性があるという。
また、マウスコンピューター自身もAIを積極的に社内へ導入し、「まず自分たちが使い、その実体験を顧客へ伝える」ことを目指している。轟氏は、BTOメーカーとして顧客ごとに最適な構成を提供する点でも、ローカルAIが生きてくるとの考えを示した。
日本のAI競争力を取り戻すために
対談の最後、大崎氏は日本のAI競争力についても言及した。「日本がAIで出遅れたのは、コンピュータやソフトウェアの導入が遅れたことも一因です。日本企業や研究者、エンジニアがAIを使いこなせる環境を整えれば、再び競争力を高められると考えています」と述べた。
大崎氏は、今後はロボットなどを活用する「フィジカルAI」の時代も到来すると予測し、日本が再びロボットの分野で世界をリードするためには、開発者がAIを身近に利用できる環境づくりが重要になると強調した。
轟氏も、これまでゲーミングPC市場をともに築いてきたNVIDIAとの関係を振り返り、AI時代への期待を語った。「NVIDIAは私たちにとって成長のエンジンです。GPUだけでなくAIでも、ともに新しい市場を切り拓いていきたいと考えています」と述べた。
AIエージェントやローカルAIが普及することで、PCは単なる情報端末から、人とともに考え、行動するパートナーへと進化していく。その変化を支える技術と製品を、日本市場へどう届けていくのか。両社の挑戦は、AI時代のPCの新しい姿を示している。



