政府はフィジカルAI分野に10.5兆円の官民投資を決定し、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOが来日するなど、日本の産業界は熱狂に包まれている。しかし、日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は、多くの経営者がその本質を誤解していると警鐘を鳴らす。
「フィジカルAIとは、工場にヒューマノイドを入れることではない。四足歩行ロボットで搬送を自動化することでも、AI画像検査で不良品を弾くことでもない。これらは表層にすぎない」と田中教授は指摘する。
フィジカルAIの本質は「学ぶ工場」
田中教授は、フィジカルAIの本質は現場を学習し続ける場所に変えることだと主張する。設備が動くことや無人化が目的ではなく、材料の変化、加工の結果、熟練者の判断、失敗や例外の記録、顧客の反応などを日々学び続け、企業全体の知能として蓄積する構造を組織に埋め込むことこそが重要だという。
「昨日と同じことを繰り返す工場ではなく、昨日の失敗から今日は賢くなり、今日の発見が明日の設計に反映される工場。熟練者の勘所が退職後もモデルとして残り、若手が引き継いで進化させる。これが『学ぶ工場』であり、日本企業が目指すべき姿だ」と述べている。
中国企業による人材引き抜きの脅威
こうした中、中国企業が日本の熟練工を積極的に引き抜いている実態がある。熟練工が持つ暗黙知は、退職とともに企業から失われるリスクが高い。田中教授は、暗黙知のガバナンスを設計し、知識を組織として継承する仕組みが必要だと強調する。
必要な人材と「突き抜けた人物」
日本企業に不足しているのは、現場を学習システムとして設計できる人材と、その仕組みを推進する「突き抜けた人物」の存在だという。田中教授は「真に競うべきは学習速度であり、地味な土台作りが軽視されている」と指摘する。
ファナック、安川電機、川崎重工が富士通と組んで協調制御プラットフォームを構築するなど、大手企業の動きはあるが、根本的な変革には至っていない。フィジカルAI時代において、日本が世界一の技術を守るためには、単なるロボット導入ではなく、組織全体の学習能力を高めることが急務だと結論づけている。



