ヤクルト石川雅規投手が引退表明 地元秋田に感謝「大きな花丸」
ヤクルト石川投手が引退表明 地元秋田に感謝

秋田市出身でプロ野球・ヤクルトの石川雅規投手(46)が2日、都内の球団事務所で記者会見に臨み、今季限りの引退を発表した。現役生活25年で188勝を積み重ね、24年連続勝利のプロ野球新記録を打ち立てた。石川投手は秋田のファンに向け、「地元の方々からもらった声援に元気をもらっていた」と感謝の言葉を口にした。

「大きな花丸をあげたい」と晴れやかに語る

入団当時の「小さな大投手になる」という目標を実現し、現役生活には「大きな花丸をあげたい。悔いはない」といい、会見では終始晴れやかな表情で胸中を語った。

現役を長く続けられた要因は「体の大きな選手に勝ちたい」という負けず嫌いな性格と、色々な分野に興味を持って試行錯誤してきた探究心だったと振り返る。シンカーやスライダーなどの変化球ではなく、直球にこだわりを持ち、「いくら遅くてもバッターがいやがる真っすぐを投げたい。スピードガンの表示ではない」と強調した。

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引退を決めたのは巨人戦後「ふんぎりがついた」

引退を決めたのは、今季の一軍初登板となった8月27日の巨人戦後。左肩の痛みを訴え一死しか奪えず降板した。「投げ終わりにいろいろ考えることがあった。気持ち的にも体的にもこのゲームでふんぎりがついた」という。

「楽しかった」。会見では、この言葉を何度も繰り返した。つらい時期もあったが、それを乗り越えられたのは野球ができる幸せと応援してくれる家族やファンの存在があったからだ。「200勝という大きな目標には届かなかったが、大きな声援をありがとうございました」と締めくくった。

恩師や後輩からねぎらいの声

県内からはねぎらいの声が寄せられた。秋田商時代に石川投手とバッテリーを組んで1997年の甲子園に出場した、同高野球部監督の太田直さん(47)は、1日の夕方頃、石川投手から当時の選手らで作るLINEグループで引退を知らされたと明かし、「今まで自分の心の支えになっていた支柱が一本取れたような気持ち」と胸中を語った。

「石川が好きな四字熟語は、高校時代から『初志貫徹』だった」と懐かしみ、「自分で決めたことを最後まで貫き通した生きざまは、今の選手たちにも示すことができる」とたたえた。今も同じ野球に携わり、石川投手の頑張る姿にいつも背中を押されたという。「いい時も悪い時も見てきたが、自分は石川に支えられてきたんだと改めて感じた。本当に彼には感謝している」とねぎらった。

石川投手のおいで、今年の夏の県大会では石川投手と同じ背番号1を背負った同高3年の佐藤颯真さん(18)は「同じエースナンバーを背負えたことは大きな財産になった。引退してもお手本にする背中だ」と話した。元同高野球部監督の恩師、小野平さん(77)は「十分やりきった。よくぞここまで頑張ったと思う。立派の一言に尽きる」とねぎらった。

3年前のオフシーズンに石川投手が来店し、現在もたびたびファンが訪れるという秋田市中通のそば店「そば処 四季」を営む店主の今野藤子さん(77)は「22歳から勝負の世界にいたなんて、ご本人にも、支えたご家族にも、月並みだがお疲れさまでしたと言いたい。これからも野球界の発展に貢献してくれたらうれしい」としみじみと話した。

石川投手は県スポーツ大使を務め、野球教室を開くなどスポーツ振興や魅力発信の役割を担ってきた。鈴木知事は「郷土の大きな誇りで、心から敬意を表します」とのコメントを出した。

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石川雅規投手は秋田市出身。1997年に秋田商のエースとして夏の甲子園に出場した。青山学院大在学中にはシドニー五輪の代表に選出され、2002年にヤクルトに自由獲得枠で入団。08年には最優秀防御率のタイトルを獲得した。通算成績は188勝194敗、防御率3.94。昨年4月の阪神戦で、24年連続勝利のプロ野球新記録を達成。同年、24年連続安打も記録した。身長1メートル67、体重73キロ。