元大関・小錦八十吉氏が自身の連載で、初優勝を果たした1989年九州場所の舞台裏を振り返った。優勝決定の瞬間、土俵下で見せた涙は「男泣き」と報じられたが、その真意は異なっていたという。
千代の富士との大一番
初の賜杯を懸けた最大の勝負は、1989年九州場所13日目に訪れた。1敗で並ぶ横綱・千代の富士との対決である。小錦氏は入幕2場所目の「小錦旋風」で勝って以降、横綱に研究され、簡単には勝てなくなっていた。ここまでの対戦成績は5勝18敗で、最後に勝ったのは88年初場所が最後で、8連敗中(不戦負けを含む)だった。
小錦氏は「まわしを取られたらおしまいなので、突き押しに徹しました」と振り返る。左で横綱の上体を起こし、右で何度も相手の左肩を狙って押した。横綱が土俵を割った瞬間、福岡国際センターの館内には座布団が舞った。この勝利で単独トップに立ち、14日目も勝って、千秋楽は関脇の琴ヶ梅関を寄り切り、悲願の初優勝を達成した。
涙の真相
優勝を決め、土俵下に座ると涙が自然とあふれてきた。この様子はテレビでも流れ、新聞などでは「小錦、男泣き」「歓喜の涙」と報じられた。場所前には両親の事故で急きょハワイに帰ったこともあり、カド番の場所で苦境を乗り越えたと受け止められたが、小錦氏は「しかし本心は違いました」と明かす。
その真意は記事の続きで語られているが、初賜杯の瞬間に流した涙には、周囲が想像した以上の複雑な思いが込められていたようだ。



