競泳男子50メートル自由形の日本記録保持者で、下田市出身の松本周也選手(26)が、19日開幕のアジア競技大会(読売新聞社協賛)に日本代表として臨む。21日に男子50メートル自由形に出場予定で、金メダル獲得の期待がかかる。自身の日本記録更新と大会優勝を目標に掲げ、「タッチの差で勝敗が決まる世界。横一線の争いを制し、記録を塗り替えたい」と意気込む。
転向から1年余りで日本新記録
中京大卒業後、個人メドレーから本格的に自由形に転向し、昨年7月に行われた県選手権で、50メートル自由形の日本記録(21秒64)を樹立した。「驚くほど速いタイムが出て実感が湧かなかった」と振り返りつつ、「『21秒台が見たい』という周囲の期待に応えられた」と笑みを浮かべる。
現在はケーブルテレビ局「ひまわりネットワーク」(愛知県豊田市)に所属。週1日ほどアスリート社員として接客業務を行いながら、中京大の水泳施設で練習している。水の抵抗の少ない飛び込みや泳ぎが強みで、「抵抗が大きくならないよう、ボートのようなイメージで、水面を滑るように泳ぐのが得意」と胸を張る。
幼少期の運動と恩師の支え
5歳の頃、友人に誘われて地元のスイミングスクールに入り、水泳を始めた。練習の合間にはグラウンドへ駆け出し、友人と大縄跳びをしたりサッカーをしたりして一日中体を動かした。「幼い頃の豊富な運動量で基礎的な体力がついた」と振り返る。
県立伊東高校(現伊豆伊東高校)へ進学後、水泳部の戸塚雅晴監督(54)の指導を受け、頭角を現した。仲間と競い合いながら記録を縮めていくことが楽しくて、練習にのめり込んだ。週6日のハードな練習にも耐え、高校3年で挑んだ2018年の全国高校総体で200メートルと400メートルの個人メドレーで2冠を達成。「負けたくないという気持ちで競い合い、どんどんタイムが縮まっていった」と話す。
自由形転向とアジア大会への決意
社会人選手となった後、個人メドレーから自由形に転向した。きっかけは、24年3月のパリ五輪代表選手選考会。代表入りを目指した個人メドレーでは、16年リオ五輪で銅メダルを獲得した瀬戸大也選手らトップレベルのスイマーに敗北。一方、100メートル自由形では予選から決勝までの全レースで自己ベストを更新し、5位入賞を果たした。これを機に、四つの泳法で最も勢いのある自由形に専念することを決めた。
細身な体を大きくするために食事量を増やし、毎日の筋力トレーニングなどでキック力や推進力をつけてきた。「昨日の自分を追い越す」という気持ちで練習を重ね、転向して1年余りで50メートル自由形の日本新記録を打ち立て、その後、アジア大会の切符をつかんだ。
大会に向け、「アジアで1番になりたい」と力を込める。大舞台で「日本最速スイマー」の実力を見せつけるつもりだ。
恩師と後輩からのエール
松本選手の母校・県立伊豆伊東高校(伊東市)の恩師らは、アジア大会での活躍を願い、エールを送る。
高校時代の松本選手を指導した同高水泳部の戸塚監督は、「日本の競泳選手が世界で戦えるところを見せつけてほしい」と激励する。一人暮らしだった松本選手の食事の面倒もみていたという。毎日自宅に招き、妻の知子さん(47)が、野菜や肉がたっぷり入ったカレーなど栄養バランスを考えた手料理をふるまった。戸塚監督は、「自分の子どものように思っている」と目を細める。
先輩の活躍に後輩も刺激を受ける。松本選手と同じ自由形が専門種目で、戸塚監督の長男・晴喜さん(16)は、「同じ種目なので良い刺激になっている」と話す。次女で、主将の日南子さん(18)は、「世界で戦っていて誇りに思う」と話した。



