横綱昇進を目指すためには何としても優勝しないといけなかった。しかし、なかなかうまくいかない。1987年の秋場所は初日から10連勝しながら終盤に崩れて12勝3敗。88年の初場所は過去最多の13勝を挙げながら、14勝1敗だった大関旭富士関(現・宮城野親方)に及ばなかった。
昭和最後の一番と天覧相撲
この88年は横綱千代の富士関が夏場所の途中から連勝を始め、11月の九州場所千秋楽に同じ横綱の大乃国関(現・芝田山親方)に敗れて連勝が53でストップした年だった。これが昭和時代最後の一番となった。
相撲好きで知られた昭和天皇が国技館を訪れた「天覧相撲」は、小錦が大関昇進を決めた87年夏場所の7日目が最後だった。昭和天皇は昭和64年となった89年1月7日に崩御。日本相撲協会は弔意を示すため、8日予定だった初場所初日を1日遅らせ、国技館のロイヤルボックスに白い菊を飾った。
平成最初の場所は苦闘
平成最初の場所となった89年初場所は、古傷の右膝の状態が悪化し、途中休場せざるを得なかった。その後、カド番を脱出したと思ったら、9月の秋場所も5勝10敗。11月の九州場所はまたカド番で臨む苦しい展開だった。



