アームレスリング王者が転身、ピックルボール日本代表に 山口・山内さん
アームレスリング王者が転身、ピックルボール日本代表に

アームレスリングの全日本大会で3階級を制した山口市の会社員、山内英司さん(29)が、ラケット競技のピックルボールに転身し、始めて1年足らずで日本代表に選ばれた。鍛え上げた手首の強さを生かした強打で、「ムキ」の愛称で全国に名を知られている。

ジャパンオープンで準優勝

6月に山口市で開かれた国際大会・ジャパンオープンでは、積極的にネット際に出てボレーの応酬「ファイアファイト」を仕掛け、接近戦で生きる手首の強さを発揮。鋭い打球を相手コートに放ち、男女混合オープンで準優勝するなど好成績を収めた。表彰台では、手首を折り曲げて前腕の筋肉を盛り上げる決めポーズを見せた。

山内さんは同市で育ち、元々ソフトテニスをしていた。最初の転機は中学3年生のとき。昔から腕力が強く、腕相撲は無敗を誇っていたが、別の小学校から来ていた野球部のエースに初めて負けた。

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アームレスリングでの輝き

優しい物腰だが負けん気は人一倍強く、独自にトレーニングを始めて力を付けると、高校入学後に防府市の腕相撲道場「山口烈腕会」に通い始めた。周囲は剛腕の大人たちで、負け続けたが「努力するだけ強くなる楽しさ」にのめり込んだ。

道場に入って半年後、全国高校生アームレスリング選手権大会の左腕60キロ以下級で優勝。全日本大会でも2024年までに3階級を制覇し、指の一本一本まで鍛える徹底ぶりで「弱点のない男」として恐れられた。

新競技での挑戦

アームレスリングで完全燃焼した2025年1月、市内で開かれたピックルボールの体験会に参加。大学でソフトテニスを再開したが、そのトップ選手がピックルボールに転向していたことから興味を持った。

ピックルボールは球速が出にくいため、1時間も練習すれば試合を楽しめる程度になるが、実力が上がると駆け引きが重要になる。ネットの数センチ上を狙って低い弾道のラリーをし、フェイントや回転でミスを誘う。球が浮いた瞬間にスマッシュを決める。テニスでも得意だったネット際の攻防がより生きる競技で、「日本でこれから広がるスポーツ。今なら結果を残せる」と挑戦を決めた。

鍛え抜いた瞬発力とテニス経験が新競技で花開き、始めて1か月後の県大会で優勝。その後の全国大会でも結果を出し、2025年秋に日本代表の声がかかった。出場を予定していたアジア大会は荒天で中止になったが、今年も代表を狙える成績を収めている。

世界を見据えて

ピックルボールは2032年のブリスベン五輪で正式競技としての採用を目指している。練習環境が整っていない地方でトップクラスで戦い続けられるかは分からないが、世界を見据えて練習に励みながら、個人レッスンで普及も図るつもりだ。「簡単そうに見えて難しく、奥深い。80、90歳になっても続けていきたい」と話している。

ピックルボールは米国発祥の競技で、テニス、バドミントン、卓球の要素が組み合わさっている。バドミントンと同じ大きさのコートを使い、長さ約40センチのラケットで穴の開いたプラスチック球を打ち合う。競技人口は米国で2000万人を超えているといい、国内は7万~8万人と推計されている。

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