田中希実、迷いながらも走り続ける現在地 書籍『希わくばの詩』に綴った葛藤
田中希実、迷いながらも走り続ける現在地 書籍に綴った葛藤

陸上女子中長距離の第一人者である田中希実選手(豊田自動織機所属)が、世界のライバルたちが急激にタイムを縮める中、自身の迷いや葛藤を赤裸々に語った。2026年8月24日に公開されたインタビュー記事で、田中選手は「なぜ自分は走るのか」と問い続けながら、それでもスタートラインに立ち続ける現在地を明かした。

世界のライバルたちの急成長

記事によると、東京五輪では田中選手とほぼ同じ地平にいた選手が、わずか数年で世界大会の表彰台に立つ存在になっているという。例えば、ハル選手はパリ五輪で3分52秒56の記録で銀メダルを獲得し、翌年の世界陸上東京でも3分55秒16で銅メダルを手にした。

田中選手をはるかに上回る勢いで、世界のライバルたちはタイムを縮めていた。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

「身体は走れる」のに走れない

しかし、田中選手を追い詰めていたのは実力そのものではなかった。2026年春に上梓した書籍『希(ねが)わくばの詩(うた)』(世界文化社)には、そのことを示すエピソードがつづられている。

世界陸上東京で、田中選手は1500mと5000mの2種目にエントリーしていた。最初のレースとなった1500m予選では10着に終わり、この時点で敗退が決まった。本来であれば、1500mの準決勝と決勝が行われるはずだった2日間は、5000mに向けて疲労を抜き、コンディションを整えるための調整期間に充てられるべきだった。

ところが田中選手は、その2日を休養ではなく800mと1000mのタイムトライアルに費やし、どちらも自己ベストを記録した。つまり、1500mで実力を発揮できなかったが「力を出せない身体だった」わけではない。

身体は仕上がっているはずなのに、本番になると同じようには走れない。血液データにも練習の数値にも、目に見える異常はない。そうした状態が長く続き、誰よりも田中選手自身が戸惑っていたという。

田中選手は「練習の質自体は上がってきていたし、血液データのような目に見える部分にも、何も問題はなかった。だから問題は、実際は目に見えない精神的な部分だったんだと思います。目に見えないからこそ、怖いという気持ちがすごく大きかった」と振り返る。

2026年の顕著な違和感

その感覚は、2026年に入るとさらに顕著になった。1月、ボストンのニューバランス室内グランプリ。そのスタート前、田中選手は初めて「ここは自分の居場所じゃない」と感じたという。

世界との実力差はそれまでも感じてきたし、出場選手の顔ぶれも置かれている状況も、これまでと大きく変わらないはずだった。それでも、覚えのない違和感を拭えなかった。

5月のゴールデンゲームズinのべおかでも、力を発揮できなかった。5000mは16分0秒89で21位。自己ベストから約1分半遅く、10人以上の日本人選手に先着を許した。

田中選手は1999年、兵庫県生まれ。2021年の東京五輪では、女子1500mで日本人初の決勝進出を果たして8位入賞。1500m、5000mを中心に、12個の日本記録を持つ(2026年8月現在)。父・健智さんをコーチに、日本陸上界を牽引するトップアスリートとして世界の舞台に挑み続けている。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ