岡山東商の麻木凛之丞選手は、夏の大会準々決勝の六回、打席に入る前に空を見上げ「力を貸して」と亡き祖父・淳之介さんに祈った。それまでの2打席は好機で凡退していたが、心が落ち着いたという。外角直球を逆らわずに右前へはじき返し、この試合チーム唯一の得点となる適時打を放った。スコアボードに「1」が刻まれると、笑みがこぼれた。
祖父との思い出
麻木選手は根っからの「おじいちゃん子」で、どこに行くにも祖父の後をついて行った。小学校に登校したくない日、淳之介さんの家へ行くと「たまにはいいよ」と言われ、一緒にテレビアニメを見た。心のよりどころだった。
しかし、小学4年でソフトボールを始めて間もない頃、淳之介さんはがんで亡くなった。2人きりで川沿いを散歩した日を忘れない。「野球やるなら甲子園」と言われ、「甲子園に絶対行くけえ」と応えたという。
名門での成長
約束を果たすため進んだ岡山東商は、春夏通算19回の甲子園出場を誇る名門で、甘くなかった。試合前のノックでミスを連発し、もらったチャンスを台無しにしたこともあった。
支えとなったのは淳之介さんの教え「誰よりもやってみて、だめだったら仕方ない」だった。誰よりも朝早くグラウンドに来て、夜遅くまで練習を重ねた。山本悟朗監督は「1年生の頃の印象はあまりない」と振り返るほどだったが、新チームとなった昨秋には1桁の背番号を手にした。
名前と約束
帽子のつばに書いているのは「凛」の文字。淳之介さんが付けてくれた自分の名前だ。りりしく――。その言葉をプレーで体現するように、準々決勝まで戦い抜いた。
自宅の勉強机には淳之介さんの写真がある。約束を果たせなかったことを謝りたいが、それ以上に感謝を伝えたいという。「最後に一本打たせてくれて、ありがとう」と。名門でつかんだ背番号「5」は、りりしかった。



