横浜市にある浅野中学校・高等学校は2026年度の大学入試で、東京大学に32人の現役合格者を出した。その中に、高校3年の夏までディベート部の活動に打ち込み、世界大会に出場したのちに学校推薦型選抜で法学部に進んだ生徒がいる。
ディベート部で培った力
今春の大学入試で同校は、東大に32人の現役合格者を出し、うち3人は学校推薦型選抜で進学している。その一人が茂木夏希さんだ。
「小学生の頃から英語が好き」だった茂木さんは、中学に入学してすぐ、ディベート部の先輩の様子に憧れて入部した。ディベート大会で出会った帰国生の英語力に「負けられない」と思い、好きだったゲームをやめて部活動に打ち込んだという。
ディベート部には「英語ディベート」「日本語ディベート」「模擬国連」の三つのセクションがあり、茂木さんはいずれの活動にも積極的に参加した。顧問の宮坂武志教諭は、「何事にも関心を持ち、他校や海外の生徒とも物おじせず交流していました」と茂木さんの活動ぶりを振り返る。
大会で知り合った他校の生徒とチームを組み、国際大会に出場したこともある。高1から高3にかけては、70か国以上の高校生が参加する国際ディベート大会「WSDC」の日本代表選手に選ばれて毎年出場し、高2と高3では決勝トーナメントに進出した。「途上国や紛争地域を含め、世界の多様な人々と交流するのは得難い経験でした」
弁護士への夢と進路選択
部活動以外に探究活動にも関心があり、高2ではAIガバナンスをテーマにした高校生探究コンテストの全国大会で優勝。探究学習で参加した、企業に商品企画を提案するコンテストでも全国大会に出場した。
こうしたさまざまな活動の中で、中2の頃から「論理的思考力やトーク力を生かして社会貢献できるのではないかと考え始め、弁護士になりたいと考えるようになりました」。
そして夢への近道として考えたのが東大の法学部だった。「東大は2年間の教養学部で幅広く学べるのも魅力で、レベルの高い『英語ディベート部』の存在も決め手になりました。海外進学も意識しましたが、『弁護士事務所から留学をすればいい』と心を決めました」
高2の冬、茂木さんは志望を「法学部」1本に絞ったが、部活動の引退には迷いがあった。「通常は高2の文化祭で部活を引退して受験に専念しますが、僕自身は次の世界大会まで続けたい気持ちがありました」
悩む茂木さんの背中を押したのは、当時担任だった英語教諭の「人生は勉強だけではない。後悔のない選択を」という言葉だった。「普段は『勉強を最優先に』と厳しく言う先生だけに、『分かってくれている』と感じ、やり切ることにしました」
入試のハードルと合格
茂木さんは高3の夏、7月下旬にパナマで行われた「WSDC」決勝トーナメントに出場し、8月から受験準備を開始した。入試方式は一般選抜のほかに、「学校での取り組みを入試でアピールしたい」と考え、同校に3人まで枠がある「学校推薦型選抜」を併せて準備した。
茂木さんにとって、二つの入試はそれぞれに乗り越えるべきハードルがあった。一般選抜のハードルは、大学入学共通テストの苦手科目である世界史と国語の強化だ。世界史は、社会科の宮坂教諭のプリント教材が大いに役立った。「詳しくて分かりやすく、生徒の間で『宮坂プリント』と評判です。繰り返し取り組んで力を付けました」。国語は、高3当時の担任で国語科の小林俊洋教諭に、週1回のペースで過去問対策の指導を受けたという。
学校推薦のハードルは、『志願書』の準備だった。提出の締め切りは11月初旬だったので、まさに「時間との勝負」。これについても小林教諭に相談し、定期的に添削やアドバイスを受けた。小林教諭は、「当初は、彼のディベート部での経験と進路選択の動機づけが乖離してしまっていたので、その点の整理から始めました」と振り返る。
茂木さんは、「志願書」づくりを「自分との対話」だという。「ディベート活動以外のさまざまな経験も含め、自分という人間をどうアピールできるか。軸になったのは、探究コンテストで取り組んだAIにまつわる社会課題でした」。AI技術によりリアルとフェイクの境界が曖昧になっている現状を捉え、「将来は弁護士として関連法制に関わりたい。そのため東京大学での学びが必要です」と展開したという。
ディベート部の経験も大いに役立ったという。「論理的思考が志願書作成に役立ちました。2次試験の面接では志願書の内容に基づいた質問を受けましたが、自分の言葉で構築した内容なのでトーク力も十分発揮でき、熱意をもって伝えられました」
オーダーメイドの指導
茂木さんを含む3人全員が、学校推薦型選抜で合格したことについて、進学指導部長でもある小林教諭は、「1人は茂木君と同じディベート部、もう1人は生物部で活躍していましたが、高いレベルで成果をあげただけでなく、3人とも他者との共生感覚を大切にできる素晴らしい青年たちでした」と語る。
部活動の成果を学校推薦型や総合型の選抜に活用するケースは増えているというが、「原動力は、授業を軸とした着実な学力の定着」と小林教諭は強調する。「中学から基礎を徹底的に反復し、粘り強く指導します。それでも1学年270人いるとばらつきが出るので、担任や部活動の顧問などが一人一人をよく見て、いわば『オーダーメイド』のように指導を行います」
「オーダーメイドの指導」の拠点となるのが、各学年の教室近くに設けられた「学年控室」だ。休み時間や放課後に担任が常駐し、生徒が気軽に足を運んで相談できる。茂木さんもこの部屋をよく利用したそうだ。「受験の相談はもちろん、授業の質問でも毎日のように行きました。学年担当の先生がチームで見守ってくれる感覚でした」
茂木さんは現在教養学部で、グローバル化やメディアをテーマとするゼミに所属している。「学期ごとに論文を1本書くハードなゼミですが、多様な科類の学生と討論できて刺激的です」。入学動機の一つである英語ディベート部にも入部した。「大学院生や、博士号を持った30代くらいの人もいてハイレベル。充実しています」
充実した大学生活について語る中で、茂木さんは「チャレンジを後押ししてくれる最高の環境。もう一度人生があっても浅野に入りたい」と母校への感謝の言葉を口にし、取材に立ち会った宮坂、小林両教諭の顔をほころばせた。