東京電力福島第一原発事故から15年以上が経過した現在も、東日本各地で露地栽培の原木シイタケの出荷制限が続いている。厚生労働省によると、2026年7月1日時点で岩手、宮城、福島、茨城、栃木、千葉の6県93市町村で、一部の生産者を除き出荷制限が継続中だ。福島県は事故前、国内有数のシイタケ産地だったが、17市町村が制限対象となり、生産を断念する農家が相次いだ。2024年の生産者は58戸で、2010年から約90%減少している。
相馬市の農家、7年の努力で制限解除
そんな中、福島県相馬市の農家、工藤義行さん(81)は、昨年9月に市内で唯一、露地栽培の原木シイタケの出荷制限を解除された。工藤さんは元農林水産省職員で、50歳代で早期退職し、趣味の山登りからキノコ栽培に興味を持ち、事故の約10年前に相馬市へ移住した。「朝晩と日中の寒暖差で味が凝縮され、甘みが強くなる」と、露地栽培に適した気象条件に恵まれ、県内外で評判を呼んでいた。
事故が発生したのは、自前の直売所を設けるなど事業が軌道に乗り始めた時期だった。避難指示は出なかったものの、遠く離れた地にも放射性物質が降り注ぎ、2万本余りの原木を全て廃棄せざるを得なかった。「この土地を選ばなかったら」との思いがよぎる中、シイタケを楽しみにしている人々の顔が浮かび、「負けてられねえ」と奮起した。
長野県産原木で試験栽培、7年間データ提出
事故から3年後、工藤さんは長野県産の原木を使い、試験的な露地栽培を独自に開始。放射性セシウム濃度を測定し、7年間にわたり、基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を下回るデータを福島県に示し続け、制限解除が認められた。「一日千秋の思いで待っていた。長かった」と工藤さんは振り返る。
現在、生産量は事故前の1割にも満たないが、県内の道の駅などで販売を再開。直売所の佐藤裕輔さん(33)は「肉厚で味が濃く、売れ行きは好調。末永く作ってほしい」と期待を寄せる。
次の目標は地元の原木で栽培
6月下旬、工藤さんは第一原発から北西に約50キロ離れた阿武隈山地の一角、相馬市玉野地区の山林を見回っていた。斜面には直径15センチ、長さ90センチほどの原木2150本が並び、その下には放射性物質を含む土壌の付着を防ぐため黒色のシートが敷き詰められている。秋には肉厚のシイタケ約20キロの収穫が見込まれ、「自然の力を使うからこそおいしいものができる」と力を込める。
工藤さんの次の目標は、豊かな阿武隈山地で育まれた地元の原木での栽培だ。どれほどの時間がかかるか見通せないが、「地元の木で栽培できるようになるのが本当の復興。挑戦を続けたい」と語る。



