芝中高、初のモンゴル研修「生きる」を考える…遊牧民と11日間
芝中高、初のモンゴル研修「生きる」を考える…遊牧民と11日間

東京都港区の芝中学校・芝高等学校は今年度、希望制の「モンゴル研修」を初めて実施した。テーマは「『生きる』を考える」。高1・高2生が7月28日~8月7日の11日間、大草原の中で遊牧民の仕事を手伝いながらゲル式住居で暮らした。

過酷な環境に飛び込むには「一芸」も必要

同校の海外研修は従来、カナダ、ニュージーランド、ベトナムの3か所だった。語学やホームステイだけが目的でない新しい海外研修先を検討する中、モンゴルを選定した理由について、研修を担当した英語科の松山諒大教諭は次のように語る。

「夏場の気温は昼が35度を超える一方、朝夕はダウンが必要なほどに冷え込む。電気も水も十分でなく、コンビニなんてもちろんない。東京とは全く違う過酷な環境で、生きるために一生懸命働くことで大きな学びが得られるはずと確信しました」

モンゴルで10年以上植林活動に取り組んでいる同校OBの奥田進一・拓殖大学教授の協力も得て、観光客向けの施設ではなく、首都から一晩かけてようやく到着する遊牧民の生活に加わることができるようになったという。

研修の定員15人に対し、希望者は高1、高2合わせて55人に上った。絞り込みが必要になるが、抽選はせず、学年による優先権も設けずに選考した。松山教諭は「語学力よりも熱意や覚悟、コミュニケーション力を見る」として、志願理由の作文のほか、現地で披露する「ソーラン節」の踊りとモンゴルの国民的歌謡曲「ウランバートルの夜」の歌唱を課題にした。1次選考で24人に絞ると、さらに遊牧民にアピールする「一芸」を求めた。けん玉やコマ回しのほか、鼻でリコーダーを吹いた生徒もいたという。

こうして3月初旬、高1が11人、高2は4人が選抜された。以降は週1回のペースで事前学習に励んだ。ソーラン節や歌に磨きをかけ、モンゴルで使われるキリル文字の読みと発音を学ぶ。出発1週間前には1日2時間、モンゴル語を集中的に特訓してあいさつや単語をたたき込み、現地へと向かった。

「命に直結」するからこそ、助け合い、自然と共生する

7月28日、ウランバートルの「チンギス・ハーン国際空港」に着いて夕食を取った後、研修地であるスフバートルまで15時間のバス移動。初日から車中泊とスケジュールは過酷だ。2日目、遊牧民の家庭に到着後、歓迎セレモニーの後、自分たちが暮らすゲルの組み立てを行う。午後からは乗馬を行い現地の生活が始まる。

モンゴルの一日は夜明けとともに始まる。牛の乳搾り、その乳を用いた遊牧民の保存食「アーロール」作り、燃料として利用するための牛糞拾い、半野生で飼育している馬が草を食べすぎないようにする馬追い、ニラ詰み、羊の締め作業などを行う。

高2の國廣萌斗君は現地の生活を通して「命の距離の近さ」を強く感じたという。「草原での仕事は一つ一つが命に直結していました。食料や燃料を手に入れるため、家族全員が助け合いながら生活をしていました」

同年代の高校生が家庭の主戦力の一人として働いている姿にも感動したという。「勉強と仕事を両立しながら、時には真夜中まで働いていました。責任感が強く、自分には到底まねできないなと思いました」

遊牧民にとって貴重な野菜であるニラの採取では、採取場所の目印となるニラの花を摘まないこと、ニラが再び生えてくるように根を抜かないこと、などの注意を受けたという。「生活が持続できるように、人だけでなく、自然とも共生しているのだと実感しました。採取したニラをある家庭に届けたら、肉入りうどんのようなモンゴル料理をいただきました。現地ではごちそうのようで、もてなしてもらえたのがうれしかったです」

遊牧民との生活を通じて國廣君は、普段から使っている「助け合い」や「自然との共生」という言葉の意味を改めてかみしめたようだ。「1日7時間乗馬をする日もありましたが、あっという間に過ぎました。一方で、朝5時頃から働いているので、夕方には朝の仕事が昨日のことのように感じる日もありました。濃密で貴重な体験ができたと思います」

「便利」は他の誰かの働きで成り立っている

昔から馬が大好きだという高1の髙橋啓康君は、雄大な自然の中で乗馬がしたいと研修への参加を決めた。ゲルでの生活の最終日には、1日で50キロもの距離を馬に乗って移動した。大草原に沈む夕日を馬に乗りながら見た時は感動を覚えたという。

研修生活の中で髙橋君は、「人は一人で生きているのではない」ということを身にしみて感じた。力の強い人は体力を必要とする仕事をし、そうでない人は搾乳やチーズ作りをする。それぞれが長所を生かし、短所を補いながら生活している。保存食ができなければ氷点下になる冬を越すことはできない。500頭いる馬の世話も、事故が起きれば命を失いかねない。そんな命を身近に感じる環境だからこそ、周りの人の存在の大きさを改めて理解したという。

「モンゴルに行く前から、頭ではわかっていました。でも日本では蛇口をひねれば水が出る。スーパーでは欲しい食品が買える。学校へ行けば先生がいて、電車に乗れば目的地まで運んでもらえる。多くの人が誰かのために働いてくれているからこそ、便利な生活ができているのだと、帰国後も強く感じます」

相手を「よく見ること」がコミュニケーションの第一歩

馬の乗り方を教わる時や自由時間を過ごす時、遊牧民との意思疎通に最初は苦労したという高橋君には、もう一つ、大きな学びがあったという。

「自分の考えを正確には伝えられなくても、ほんの少しのモンゴル語とジェスチャー、表情を駆使することで、思いを伝えられることがわかりました。一緒に笑ったり、お互い知っている音楽を聴いたり、スポーツをしたり。言葉がなくても少しずつ、確実に心の距離を縮めることができました」

そんな体験から、コミュニケーションに関する考え方が変わったという。「言葉よりも大切なのは相手を『よく見ること』だと思いました。何を考えているか、表情や行動を観察し、どうすれば思いが伝わるか、相手の立場に立って考えることがコミュニケーションには大切だと思いました」

8月5日、遊牧民の家庭を離れる朝、國廣君、髙橋君をはじめ、ほとんどの参加者が泣きながら別れを惜しんだという。それはお互いの心が通じ合っていた証だ。

松山教諭は、「初めての研修でしたが、生徒一人一人に気づきがあり、成長があったと思います。次年度以降は、さらに深く遊牧民の生活に浸れるような研修プログラムにしたい」と全体を振り返った。そして、モンゴル研修を通して生徒に手に入れてほしいものを「他者目線」だと話す。

「普段はインフラが整った東京で暮らし、海外旅行ではおいしいものを食べて観光地を回る。もちろん素敵なことですが、それだけでは現地に暮らす人々の気持ちはわかりません。モンゴル研修では現地の暮らしに入り込み、自分たちの日常とは全く違う生活をする人々と共に暮らし、相手が何を考えて生きているのか。それを知るきっかけとしてほしい」