「東洋のベネチア」京都・舞鶴の吉原地区、重伝建選定へ 初の猟師町
「東洋のベネチア」京都・舞鶴の吉原地区、重伝建選定へ

京都府舞鶴市の吉原地区が、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定される見通しとなった。町家が立ち並び、入り江に小舟が浮かぶ風景は、SNSで「東洋のベネチア」とも呼ばれる。江戸時代の猟師(漁師)が暮らしたまちのなごりが「独特な歴史的風致をよく伝える」と評価された。

保存地区の範囲と特徴

吉原地区から舞鶴湾西港に注ぐ、幅約10メートル、全長約550メートルの「吉原入江」。その両沿岸の約8・9ヘクタールが保存地区となる。町家や舟屋、神社、小道や路地、国の登録有形文化財の銭湯「日の出湯」も含まれる。

猟師町の歴史と評価

かつて、魚をとる人は「猟師」と書かれ、吉原地区は田辺城の城下にある「猟師町」だった。江戸時代、戦国武将・細川幽斎の籠城に協力したことで、水際の漁の権利を得たと伝わる。保存地区の選定は国の文化審議会が16日に文部科学相に答申した。選定されると、全国131カ所目で初の猟師町だという。

大火からの歴史

吉原地区は1727(享保12)年の大火で移転したことが、現在のまちなみの形成につながったとされる。明治初期のものとされる地籍図も残る。150年以上にわたり、まちの構造が維持されてきたことが評価の背景にある。