キャリア・教育の連載「浪人したら人生『劇的に』変わった」では、浪人経験者にインタビューし、その選択がもたらした変化を探る。今回は、高校を2回中退後、21歳で多摩美術大学油画専攻に合格、その後39歳で東京藝術大学大学院映像研究科に合格した油画作家・映像作家の木村友輝さんに話を聞いた。
幼少期:アニメとゲームに夢中
木村さんは東京都府中市で生まれ、横浜で育った。両親は高卒の中流家庭で、父親は会社員、母親は専業主婦だった。「幼少期は勉強が嫌いで、アニメとゲームが大好きでした。6〜7歳で観た『AKIRA』の暴力描写と精密なアニメーションに衝撃を受けました。他にもジブリ作品や『ファイブスター物語』、中学でPCを手に入れてからは海外ゲーム『ウルティマ』『ミスト』『エイジ オブ エンパイア』に没頭しました」と振り返る。
2000年前後、家庭にパソコンとインターネットが普及すると、木村さんは学校に行かなくなった。中学3年頃には、「同世代の友人よりネット上のコミュニケーションの方が面白い」と感じるように。高校に2度入学したが、いずれも中退した。「最初の高校は1年1カ月で退学。両親には『大検を取って大学に行く』と言いましたが、『大検は取れないから学校に行け』と言われ、別の高校に入り直しました。でも3カ月で辞めました」と語る。
20歳で美大受験を決意
中退後、木村さんはアルバイトをしながら大検(現在の高卒認定試験)を取得。20歳のとき、美大受験を決意した。「元々絵を描くのが好きで、独学でデッサンを始めました。周囲からは『今から美大?』と笑われましたが、気にしませんでした」という。独学で1年半勉強し、21歳で多摩美術大学絵画学科油画専攻に合格した。
大学卒業後はフリーターやシステムエンジニア(SE)として働きながら、制作を続けた。「SEの仕事は安定していましたが、アートへの情熱が冷めず、30代半ばで東京藝術大学大学院映像研究科を目指すことを決意しました」と木村さん。周囲からは「また浪人するの?」と驚かれたが、39歳で合格を果たした。
空白期間がもたらしたもの
「浪人や社会人経験は、自分を見つめ直す貴重な時間でした。若い頃は技術ばかり追い求めていましたが、年齢を重ねて表現したいテーマが明確になりました」と木村さんは語る。大学院では映像作品を制作し、現在はアルバイトに追われることなく制作に専念している。
文部科学省の調査によると、浪人経験者は20年前と比べて約半分に減少している。「浪人してでも行きたい大学」という人が減る中、木村さんのように空白期間を経て進学するケースは珍しい。しかし、彼は「浪人したからこそ、本当にやりたいことが見つかった」と断言する。
浪人という選択肢の価値
濱井正吾氏(自身も9年の浪人生活を経て早稲田大学に合格)は、「浪人はリスクと見なされがちだが、木村さんのように人生を劇的に変える可能性もある」と指摘する。木村さんは「若い頃に無理に進路を決める必要はない。自分と向き合う時間を恐れないでほしい」とメッセージを送る。
現在、木村さんは横浜を拠点に油画と映像作品を制作し、個展やグループ展で発表している。「藝大に入ったことで、制作環境が整い、新たな挑戦ができるようになりました。浪人や空白期間があったからこそ、今の自分がある」と語る。



