旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の二世として育った宮下さん(仮名)は、浪人を経て東京大学理科1類に進学した。小3の夏に参加した教会のサマーキャンプで感じた違和感から、自身のアイデンティティと向き合い、教育環境の変化が人生を大きく変えた経緯を語る。
小学校時代:宿題をしないが、集中力は抜群
公立小学校時代の宮下さんは、宿題をまったくやらない子だった。最初は怒られていたが、ある時からは諦められていたという。一方で「これをやりたい」と思うものへの集中力は並外れており、教会の高校生がジャグリングをしているのを見て自分もやってみると、お手玉もディアボロも高校生よりうまくなってしまうほどだった。
母親は「あなたはやればできる」と言い続けており、その教育が後年までの宮下さんの自信の源になった。小学校の成績はオール4程度だったが、そのまま公立中学校に進むと、成績はオール3に落ち込んだ。中1になってから、家にあったパソコンで友達とのメール交換に熱中し、勉強を後回しにしていたと振り返る。
中2での転機:教会コミュニティの大人との出会い
学校生活で転機をもたらしたのは、教会のコミュニティを通じて知り合ったある大人だった。親も心配していた中、中2から国立大学を出て証券会社に勤めていた優秀な方が数学を教えてくれた。答えを絶対に教えてくれないという指導方針のもと、方程式の文章題をじっくり自力で考え続けていたら、少しずつわかってきて、それが積み重なって数学が得意になっていった。中2で数学だけ5を取れるようになり、「これができたなら他の科目も頑張ればできるんじゃないか」という自信が芽生えた。
また、同じく教会コミュニティで知り合った都立国立高等学校のお兄さんに刺激を受け、「自分もその高校に行きたい」と思うようになった。担任の先生にその志望を伝えると「オール5弱はないと厳しい」と渋い顔をされたが、「なんとなくできるんじゃないか」という感覚は捨てなかった。塾には行かず、国立高校に先輩として入学していたお兄さんに問題集や進め方を教えてもらいながら、自分で計画を立てて取り組み続けた。
中学3年で学年1位、都立国立高校へ
中3の最初の定期テストで、学年100人中20〜30番から一気に学年1位になった。それ以降学年1位をキープし続け、通知表は体育4を除いてオール5になり、無事に第1志望であった都立国立高等学校への合格をつかんだ。
高校時代と浪人:東大への挑戦
高校入学後、宮下さんは東京大学理科1類を目指すようになる。しかし、現役時代は思うように成績が伸びず、一度は不合格に。そこで浪人を決意する。浪人期間中は予備校に通い、特に数学と英語に重点を置いて勉強した。1日12時間以上の勉強を継続し、模試の成績も徐々に向上。2度目の挑戦で東大理科1類に合格した。
宮下さんは「浪人したことで人生が劇的に変わった」と語る。現役時代は周囲の期待やプレッシャーに押しつぶされそうだったが、浪人期は自分のペースで勉強できたことが大きかったという。また、教会のコミュニティで培った「やればできる」という自信が、困難を乗り越える原動力になったと振り返る。
旧統一教会二世としての葛藤
一方で、旧統一教会の二世として育ったことによる複雑な思いも抱えている。小3の夏に参加したサマーキャンプで、他の子どもたちと自分たちの家庭環境の違いに気づき、「ただ可哀想な存在と捉えられるのは複雑」と語る。教会内外での偏見や誤解に悩まされることもあったが、教育を通じて自己実現を果たしたことで、自身のルーツと向き合う力がついたという。
現在は東大で生物学を学びながら、将来は教育や研究の分野で社会に貢献したいと考えている。自身の経験から、家庭環境や宗教的背景に関わらず、子どもたちが自分の可能性を信じられるような教育環境の重要性を強調する。



