1970年「集団決闘」未遂が始まり、朝鮮語授業半世紀の連載開幕
1970年「集団決闘」未遂が始まり、朝鮮語授業半世紀の連載開幕

1970年12月5日、広島県海田町で、朝鮮学校の生徒と日本人高校生らによる「集団決闘」騒動が持ち上がった。広島電機大学付属高校(現・広島国際学院高校)の校長室に保護者から「うちの生徒たちが、朝鮮学校の生徒と乱闘を計画しているようだ」との電話が入り、全教職員に集合指示が出された。

7校連合と朝鮮学校の対立

この日は午前の授業が終わり、生徒は下校済みだった。保護者によると、現場はバス停のある広場。同校から徒歩15分ほどで、在日朝鮮人の中高生が通う広島朝鮮中高級学校にも近い場所だった。

生活指導担当の教員らが車で急行したが、その気配はなかった。周囲を見回っても異変はなく、解散となった。

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橋のたもとで見つけた乱闘の気配

電高教員だった鶴素直(すなお)(87)は学校を出て300メートルほど歩いたところで、橋のたもとに8人ほどの男子生徒がもめているのを見つけた。黒や紺の学生服を着た生徒らが二手に分かれ、それぞれ1人の生徒に襲いかかろうとしていた。

「これが、保護者の言う『乱闘』に違いない」と直感した鶴は、襲われている朝鮮学校生をかばおうと体を入れた。ところが少し離れた場所でもう1人が襲われそうになっている。どうすることもできないと考えたその時、1台の車が急ブレーキをかけた。

半世紀続く朝鮮語授業の原点

この出来事がきっかけとなり、同校では半世紀以上にわたり朝鮮語の授業が続いている。韓国・朝鮮語を教える先生は日本の教員免許に加え、朝鮮民主主義人民共和国の教員資格も持つ珍しい経歴の持ち主だ。その謎を解く物語が、今回の連載で描かれる。

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