熊本地震 宇城市の被災した一家 断水・停電の炎暑 トイレの水も用水路で1日10往復、蚊の飛ぶ玄関先で眠る日々
宇城市の被災一家 断水・停電の炎暑 トイレの水も用水路で1日10往復

震度7を観測した熊本県宇城市。断水と停電が続く炎暑の中、記者は熊本市から1時間あまりかけて波打つ道路を車で南下し、地割れして隆起した路面に阻まれて下車した。歩いて数分、壁にひびが入り、塀が倒れた住宅の玄関先で、阿蘇市から駆けつけた浜田悠暉(ゆうき)さん(23)が「暑くて大変だよ」とつぶやいた。無精ひげが伸びるのは、断水で剃れないためだ。

「トイレで1回水を流すには、バケツ2杯分必要なんだ」。浜田さんはバケツを両手に下げ、近くの農業用水路へ向かう。1日少なくとも10往復し、宅内の桶に水をためている。時折、数キロ離れた宇城市内の祖父母宅を訪れ、入浴や洗濯をさせてもらっている。

エアコン使えず、車で暑さをしのぐ

停電が続き、エアコンは使えない。窓を開けても風通しが悪く蒸し暑い。飼い猫を残して留守にできないため、近くに駐車した軽乗用車や祖父母宅などで一時的に暑さをしのぐ。日陰では「よその地域では電気が通ったみたいだよ」「地震を機に、いろんな人から励ましのメッセージをもらって元気になったよ」との会話が交わされ、生活用水の入ったペットボトルを分け合う姿もあった。

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夕方、浜田さんに同行して買い物に出た。スーパーやホームセンターは軒並み閉店。ようやく見つけた開店中のコンビニも、おにぎりやパンはなく冷凍食品ばかり。4軒目のコンビニでようやくおにぎりと冷やしうどんを見つけた。

電池式ランタンを囲んで

この日の夕食は、祖母宅から届けられた手料理のチャーハンとコンビニのうどん。折りたたみテーブルに並べ、電池式のランタンを囲みながら箸をつけた。近所には電気が復旧している家もある。浜田さんの父親は「明日からすごく暑くなるらしい。早く電気が通り、エアコンが効いた家の中で寝たい」と心情を吐露した。

食事中に突然、横揺れに襲われた。家がギシギシと音を立て、会話が途切れる。記者は10年前、中学1年生だった時に体験した熊本地震の「本震」の記憶がよみがえった。

10年前の本震

2016年4月の熊本地震では、震度7の「前震」の2日後に、さらに大きな本震が起きた。当時熊本市内に住んでいた記者は、未明の就寝中に立ち上がれないほどの揺れに襲われ、一家で近くの公園へ逃れた。恐ろしい地鳴りとともに突き上げられるような揺れが続き、暗闇の中、建物や電柱の影が激しく動いた。女性の悲鳴や子どもの泣き声も響き、父が自宅から運び出した石油ストーブを住民と囲んで暖を取った。

この時の断水は3週間続き、皿にラップを敷いて使った。父は故郷の阿蘇地域まで出向き、湧水をくみ取ってきていた。浜田さんも当時、宇城市の実家で被災した。母の叫び声で飛び起き、机の下にはいつくばって逃げ込み、机の脚を全力で握りしめた。津波注意報が発表されて山の方へ走ったが、津波は来なかった。自宅ではブロック塀が倒れ、食器が割れて破片が散乱し、片付けに追われた。

蚊が飛ぶ玄関先で

「10年前は、本震が夜中に襲ってきたから、家の中で眠るのは危ない」。食事後、浜田さんはこう話し、蚊が飛び交う玄関先に布団を敷いた。渦巻きの蚊取り線香をたいて横たわり、眠りについた。額には汗がにじんでいた。

電気がまだ完全に復旧していないからだろうか。夜空にまたたく星は妙に輝いていた。浜田さんと記者は、熊本市内の高校で学んだ同級生だ。「この震災も互いに支え合って乗り越えたい」。友人の声が胸に響いた。

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