コロンビアのネバド・デル・ルイス火山の1985年の噴火では、泥流がふもとの町アルメロをのみ込み、人口の4分の3に当たる2万2千人以上が亡くなった。危険地域はハザードマップで正確に予測されていたが、活用されず、役に立たなかった。そのショックが日本でのマップ整備も後押しした。
廃虚と追悼碑が残る跡地
約2万9千人が住んでいたアルメロの跡地には、雑草や木々が生い茂り、その合間に廃虚が残っていた。かつて教会があった中心部には、追悼碑や、損壊を免れた銀行の金庫が近くにあり、流れ着いた巨岩や犠牲者の墓もある。
観光客が集まっていたのは、当時13歳の少女、オマイラ・サンチェスさんの墓。がれきに挟まれて泥水につかった状態で60時間、救助を待った末に息を引き取った。一部始終がテレビ中継され、「悲劇の象徴」となった。
被災者が語る噴火当日
この地域のガイドを務める被災者のルス・ボカネグラさん(51)と、教師のフレディ・グティエレスさん(58)が、体験を聞かせてくれた。ボカネグラさんは、噴火のあった85年11月13日の町の様子を「寒々として、不気味な午後だった」と振り返る。
空が曇り、薄暗くなると、3時すぎに灰が降り始め、硫黄の臭いがした。11歳だったボカネグラさんたちは、学校を早退。灰をかぶった植物は、しおれていた。町で灰が降る様子は、それまで見たことがなかったが、一緒に暮らしていた祖父母たちは心配していなかった。ボカネグラさんも夜まで友達と遊び、眠りについた。
泥流の発生と今後の備え
泥流を引き起こした噴火の発…この記事は有料記事です。残り2036文字。



