2025年12月、東海道・山陽新幹線で、撮影に夢中になり乗り遅れた親子のために列車が緊急停止する事案があった。JRは安全上の理由から停止したとみられるが、一方で、その映像をSNSに投稿し拡散したことへの批判も上がっている。
撮影中の親子、乗り遅れで緊急停止
事案は2025年12月に発生。発車した列車へ近づく親子の姿が映像として記録され、SNS上で拡散された。拡散や特定を望まない趣旨の説明があったとされる一方で、転載は広がり、報道では発生駅や日時、事案の経緯まで具体化している。
映像公開の公益性とプライバシー保護の両立
識別可能な映像を公開すれば、投稿者の意図を離れて流通し得る。その可能性を、公開する時点で予測できたかが問われる。一方で、映像が危険性を具体的に可視化した面もあり、文章だけで注意を促すより、発車した列車へ近づく危険を強く伝えられたという公益的な側面も否定できない。
ただし、公益性があればどのような公開方法でも許されるわけではない。元動画であれば、顔や音声をどこまで処理するのか、映像の尺や公開期間は適切かといった点は検討の余地がある。転載においても、出典元の明記で足りるのか、映像そのものを再掲する必要があったのか、という問いもある。
SNSの境界線と求められるリテラシー
発車後の列車へ近づいた行為と、その映像を利用して個人をさらしたり特定しようとしたりする行為には、それぞれ異なる問題がある。一方に非があったからといって、もう一方が免責されるわけではなく、危険行為の批判と過剰なさらしの批判は両立する。
鉄道を利用する側には安全運行を妨げないためのリテラシーが、映像を発信し受け取る側にも注意喚起と過剰なさらしを区別し、必要以上の“私刑”につながらないようにするリテラシーが求められる。ホームには点字ブロックという目に見える境界線があるが、SNSには「注意喚起」と「過剰なさらし」を分ける目に見える線は引かれていない。だからこそ、列車から一歩離れる判断と、拡散する前に一歩引く判断の両方が必要ではないだろうか。



