東日本大震災15年、気仙沼湾で初の船上慰霊法要 宗派超えた僧侶20人が集結
東日本大震災15年、気仙沼湾で初の船上慰霊法要

宗派や地域を超えた僧侶らが2026年7月12日、宮城県気仙沼湾の船上で東日本大震災(2011年)の犠牲者を悼む慰霊法要を営む。被災地への訪問を続ける法相宗大本山薬師寺(奈良市)の副住職、大谷徹奘さん(63)が発起人となり、発生から15年の節目で初めて実現した。大谷さんは「これまで続けてきた慰霊の一つの集大成として、津波で犠牲になった方々の冥福を祈り、命を無駄にしないと伝えたい」と語る。

震災直後から被災地を訪問

大谷さんは震災当時、薬師寺東関東別院・潮音寺(茨城県潮来市)の副住職を務めていた。法話で全国を飛び回る中、東北地方にも知人が多く、安否や現地の状況が気になり、発生から約1か月後、車で宮城県石巻市を訪れた。がれきの山が広がり、行方不明者の捜索が続く状況の中、高台で犠牲者の冥福を祈っていた時、「ここにいなくてよかった」との思いがよぎったという。「僧侶として経験を積んだつもりだったが、まだまだだった」と自らを恥じた。

その後、大谷さんは被災地での慰霊を宗教者としての自分を引き締め直す機会と捉え、毎年3月11日には児童・教職員84人が犠牲となった石巻市の震災遺構・大川小学校を訪れ、グラウンドに座り込んで読経し、全ての犠牲者を追悼している。遺族や地元住民、大谷さんの思いに共感して奈良から同行する人々など、総勢数十人が手を合わせている。

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「海からの祈り」実現の経緯

今回の「海での祈り」は、ともに大川小などを毎年訪れる僧侶の一人、奈良市の浄土真宗本願寺派・極楽寺住職の土庫光陽さん(50)が長年秘めていた思いがきっかけだった。土庫さんは既に亡くなっている祖父母が石巻市出身という縁もあり、海岸で遺留品を捜すなどのボランティアにも参加。漠然と海への畏怖を強める中、「何かできることがないか」と考え、潜水士などの資格を取得して海外で海中の戦跡で手を合わせるなどの活動も行ってきた。「いつか被災地の海に潜りたい」と願ってきたが、気候条件が合わず実現に至っていなかった。

大谷さんは数年前、ふとした会話の中で土庫さんの思いを知った。「海に潜れなくてもお骨が上がっていない方々を思って祈りをささげる機会を作りたい」。被災地の知人らに相談すると、大川小とともに大谷さんが繰り返し足を運んでいた宮城県気仙沼市の気仙沼湾で遊覧船を運航する「大島汽船」を紹介され、船上での法要が決まった。

7月12日、約100人が乗船し読経

運航の安全面から海水温が上昇する7月の実施となった。大谷さんが知人に声をかけ、土庫さん、律宗総本山・唐招提寺(奈良市)執事長で壬生寺(京都市)貫主の松浦俊昭さん(58)のほか、真言宗、曹洞宗など様々な僧侶約20人が北海道から山口まで全国から集まることになった。

船上法要は7月12日朝、大島汽船の旅客船に約100人が乗り込み、津波で大きく被害を受けた同市内内湾地区の乗り場を出発し、湾内の離島・大島周辺を約50分間航行。船内に設けた祭壇に、復興への願いを込めて参拝者らが記した写経約1000巻の束を供え、僧侶らが一斉に読経する。

同日午後には、気仙沼中央公民館で地元の商工会議所と連携して約300人が参列する大法要を営む。慰霊の取り組みの賛同者から寄せられた支援金50万円を地元に贈る。また、バイオリニスト・千住真理子さんが、震災の津波の流木などから作られた「TSUNAMIバイオリン」を演奏するチャリティーコンサートも行われる。

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「亡くなった方々を決して忘れない」

大谷さんは「宗派を超えた僧侶がこれほど多く集う法要は普通はないが、それぞれの祈りの心が合わさって実現する機会。亡くなった方々を決して忘れず、宗教者として逃げずに生きていくと誓いたい」と話している。