夏休みの観光客でにぎわう兵庫県の淡路島。実はかつて洲本市由良地区に、大阪湾を守る旧陸軍の重要拠点「由良要塞」があった。要塞の一角、紀淡海峡の対岸・友ヶ島(和歌山市)は廃虚が残り、宮崎駿監督の人気アニメ映画「天空の城ラピュタ」の世界のようだとSNSで評判を呼んでいる。しかし、淡路島の跡地については、そこまで知られていない。
謎に包まれた要塞の遺構
洲本市教育委員会などによると、明治政府は19世紀末以降、同地区では生石山や周辺に砲台や司令部を築いた。漁業が盛んな地区だが、大砲の訓練時は紀淡海峡が通行禁止になるなど、軍の動向が日常生活と密接に関わっていた。ただ、第1次世界大戦後の主戦力が航空機に移り、実戦で使われずに終戦を迎えた。
施設が残る友ヶ島に対し、米軍が爆破した由良はレンガやコンクリートの残骸が散乱、弾薬を保管する砲側庫はひびが入った状態で残されている。詳細な図面や文書などは多くが軍事機密として焼却処分され、謎に包まれている。
遺志を継ぐ地元住民の取り組み
要塞の一部だった由良沖の成ヶ島は現在無人島となり、手つかずの自然が残されている。地元住民らでつくる「国立公園成ヶ島を美しくする会」で長年会長を務めた花野晃一さんは、由良の歴史や環境を積極的に発信してきたが、今年7月、82歳で亡くなった。花野さんのいとこで同会事務局長の山中千春さん(70)が遺志を継ぐ。
山中さんによると、花野さんの父・十一さんは、要塞で大砲の角度を計算する任務に就いていた。重要機密のため一般人は近づけず、撮影はおろか小学生の写生さえ禁止の時代ながら、花野さん宅には当時の貴重な写真が残されていた。動員されたとみられる人たちが笑顔で集まる様子のほか、要塞や周辺の建物を収めた写真には「重砲兵第三聯隊第三大隊兵舎之景」「司●●●許可濟」(●は文字が消えて判読不可)と記されている。
花野さんは生前、身内に「(由良要塞は)負の遺産や」と語っていたという。その一方で、研究者を跡地や成ヶ島へ頻繁に案内しており、山中さんは「特に『成ヶ島は自分の島や』と言うほど誇りを持っていた。由良に相当な愛情があったのでは」と振り返る。花野さんから、「死ぬまで(活動を)続けてくれ」と託された山中さん。「まだ足元にも及ばないが、次の世代へバトンタッチするのが残された自分の役目」と、継承への決意を新たにしている。
戦争遺構の価値と継承の重要性
同市立淡路文化史料館の金田匡史館長(48)は「戦争経験者がいなくなった時に、多くの命が奪われた事実が忘れられかねない」と警鐘を鳴らす。その上で、<物言わぬ証言者>である戦争遺構について、「一部でも砲台や堡塁跡が残されていることは、今後さらに価値が高まってくる。整備し続け、記憶や教訓を後世に伝えることが重要だ」と強調する。
由良要塞は19世紀末から設けられた、京阪神を防衛する一大拠点。由良と、和歌山県側の友ヶ島や加太・深山(ともに和歌山県)に加えて、のちに四国と淡路島の間の鳴門要塞も編入された。生石山は洲本市街から車で約20分で、2010年に生石公園として整備された。



