頸髄(けいずい)を損傷し治療とリハビリを続ける中、2024年パリ五輪への参加は難しいと分かった時点で、日本オリンピック委員会(JOC)の会長を辞したいと考えました。ただ三屋裕子会長代行、尾県貢専務理事らから、重要事項は全て相談するから今会長を退くのはやめてほしいと説得され、最終的に25年6月の任期満了まで務めました。
退任前のバッハ氏との病院訪問
退任前の5月、病院にトーマス・バッハ国際オリンピック委員会(IOC)前会長の来訪を受けました。やはり6月に任期を終えるバッハ氏は旭日大綬章親授式出席のため来日することになり、山下にぜひ会いたいと問い合わせがあったそうです。奥様と2人で、こちらは私と妻・娘らとで50分ぐらい話をしました。
「同志」としての絆と人柄
バッハ氏の人柄がにじみ出るような会談でした。詳細は覚えていないのですが、我々は同世代のオリンピアンでともに1980年モスクワ五輪のボイコットを経験している。大変だったが協力して東京2020を成功に導いた、互いに同志だとバッハ氏はよく言っていたし、強く感じる部分はありましたね。なごやかで温かい雰囲気でした。
報道でたたかれネガティブに捉えられていますが、実際のバッハ氏は全然違う。リーダーだから厳しさはある。しかし非常に優しい面も持ち、正直で誠実だと思います。常にアスリートの視線を大事にし、同じオリンピアンとして通じる部分がありました。



