93歳女性の戦争体験記、丸亀市広報誌で紹介 平和の尊さ訴える
93歳女性の戦争体験記、丸亀市広報誌で紹介 平和の尊さ訴え

丸亀市の草薙正美さん(93)が戦時中の経験をしたためた文章が、市の広報誌やウェブサイトで紹介されている。往時を知る人が減る中、今もなお平和の尊さを文字で訴えている。

終戦の日と高松空襲の記憶

草薙さんは1945年8月15日、友人と海水浴に出かけた。いつもと様子が違う。いつもなら頭上を注意深く観察しなければならない敵機が1機もやって来ない。「なんでだろう」。飛来しないことに喜んで自宅に戻ると、近所の人が集まっていた。どこからか、「日本が戦争に負けた」と話すのが聞こえた。「その時の感情を表現するのは難しい」。今、複雑な表情で振り返る。

当時は農家で、食料に困らなかった。しかし、終戦間際になると、毎日のように空襲警報のサイレンが鳴り響いた。夜は自宅の明かりが漏れないように、布をかぶせ、敵機に居場所が分からないようにした。「とにかく怖かった。戦争は怖い、それが1番やろうね」

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市の取り組みと現状

終戦の約1か月半前の同年7月4日には高松空襲があり、多くの市民らが犠牲になった。同日朝、丸亀の自宅から30キロほど離れた高松の空が「赤く燃えていた」のを今でもはっきり覚えている。父親は次の日から不在になった。空襲で亡くなった人を葬るために高松に向かったことを、後年知った。

文章は、丸亀市が2015年から広報誌で「私の戦争体験談」を募集していたことに草薙さんが2020年に応じ、広報誌の同年8月号に掲載された。「二度と戦争のない平和な時代が続くよう祈りたい」と締めくくっていた。

記者は今夏、文章を知って草薙さんを訪ね、思いを聞こうとした。しかし、文章以外のことは、言葉少なだった。文章について「特別な思いはない、書きたかったから書いた」とする。

市には21の手記が集まったが、草薙さん以降は途絶えている。市の担当者は「高齢化が進み、当時を知る語り手は少なくなっている」と危機感を募らせる。

多様な方法で記録を残す

市は近年、公式ユーチューブチャンネルで体験した人が語る様子の動画をアップしている。市内の小中学校の授業で活用しているほか、学校側の要望を受け出演した人に直接語ってもらう取り組みも行っている。市は「戦争体験の記録を多様な方法で残したい」とする。

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