日本人として初めて宇宙に行った元TBS記者の秋山豊寛(あきやま・とよひろ)さんが8月26日、下部消化管出血のため死去した。84歳だった。葬儀は近親者で営まれ、喪主は妻の礼子さんが務めた。
ソユーズ搭乗と「これ本番ですか」の第一声
秋山さんは元TBS記者で、ワシントン支局長などを経て1990年12月、社内プロジェクトで旧ソ連の宇宙船ソユーズに搭乗し、宇宙ステーション「ミール」に滞在した。
宇宙からは「これ本番ですか」と第一声を切り出し、「やっぱり青いですね」と地球を一周した後の感想を伝えた。
テレビ中継と無重力実験
「日本人初!宇宙へ」と題したテレビ中継やラジオ中継が連日放送され、宇宙生活のリポートや、カエルやおもちゃを使って無重力を分かりやすく伝える実験などを行った。「日本列島の周りの海はインド洋やカリブ海に比べて濁っている。透明感がない」などのコメントも残した。
地球に帰還した直後には「空気がおいしい。うまいものを早く食べたい」と話した。
TBS退職後の農業と教育活動
5年後に30年近く勤めたTBSを退職し、福島県滝根町(現・田村市)で本格的に農業を始めた。滝根町が1992年に作った天文台「星の村」に名誉村長として招かれたのが縁だった。
帰還後は環境破壊や農業について取材を進めるとともに、農薬や化学肥料を使わず米や野菜づくりに取り組んだ。
原発事故後の生活と大学教員として
2011年、東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故の後、群馬県藤岡市の有機農業グループの支援を受け、同市内などで生活。手記「原発難民日記 怒りの大地から」(岩波書店)を出版した。
震災後の2011年11月から2017年まで、京都造形芸術大教授(現・京都芸術大)を務めた。



