介護の始まり:自転車の大ケガがきっかけ
中部地方に住む増井十和さん(仮名・63歳)は、2人の子どもを社会人に育て上げ、ようやく自分の時間が持てると思った矢先、母親が倒れた。80歳手前の母親がおかしくなり始めたきっかけは、慣れていたはずの自転車をこいでいる時に起きた大ケガだった。この出来事を皮切りに、増井さんの母親は認知症を発症。増井さんは8年前から、夫と別居して実家近くのアパートで母親の介護を始めた。
険悪な家族関係:兄からの「ブタブタ」という悪態
増井さんが実家に同居しない理由は、実家の隣に住む兄にあった。兄は特に理由もなく増井さんを嫌い、顔を見れば「出ていけ!」と怒鳴り散らす。増井さんと兄の関係は幼少期から良くなかったが、5年ほど前に兄が60歳で定年退職してから最悪の状態になった。兄は増井さんを「ブタブタ」と悪態をつき、父親も変わり者で、母親は車椅子生活を余儀なくされていた。
シングル介護の増加とその実態
「シングル介護」とは、配偶者や親の介護をたった1人で担うケースを指す。2024年度の厚生労働省によると、家族・親族による高齢者虐待の相談・通報件数は4万1814件で過去最多を更新。2022年の国民生活基礎調査では、家族介護者は全国で約653.4万人(2021年時点)と推計され、主な介護者と要介護者の関係は、同居家族が45.9%、別居家族が11.8%(2022年時点)。同居家族の内訳は、配偶者が22.9%、子が20.7%、子の配偶者が7.5%となっている。
夜中のトイレ介助で心身の限界
増井さんは母親の夜中のトイレ介助を毎日行っており、睡眠不足と精神的なストレスから心身の限界を迎えている。増井さんのようなシングル介護の当事者は年々増加しており、介護時間の長期化や精神的・身体的負担の大きさが不安視されている。ノンフィクションライターの旦木瑞穂氏は「一線を越えそうになるという声をたびたび耳にする」と警鐘を鳴らす。
家族間のタブー:介護と家庭内の葛藤
増井さんのケースでは、母親の介護に専念したい一方で、兄や父親との関係がそれを阻んでいる。家族間のタブーとも言えるこうした状況は、シングル介護をさらに困難にしている。旦木氏は「社会に警鐘を鳴らしたい」と述べ、このような事例を通じて介護問題の深刻さを伝えている。



