大阪市西成区の住宅密集地に「メダデ教会」がある。「愛があふれる」の意味を持つこの教会を設立したのは、西田好子(76)。学校の先生から牧師に転身した異色の経歴を持ち、コテコテの関西弁で信徒に語りかける。そのもとには、十数人のワケあり信徒たちが集う。
酒と賭け事に溺れた過去、更生の道へ
信徒の一人、コジマさん(当時69歳)は、郵便局に20年勤めたが、仕事中の飲酒運転で事故を起こしクビに。家に帰ると妻と2人の娘はおらず、中学生だった娘に「あんたなんか父親と違うわ」と言われた。西成に部屋を借り、家にこもって飲み続けた。
そんな中、声をかけてきた一人のおばちゃんがいた。「あんた、めちゃめちゃ臭いな。風呂入り。飯食うてるか? ゼリーやったら食えるか?」。2014年、こうしてコジマさんはメダデ教会の一員となった。西田は依存症の治療に通わせ、酒を断ち穏やかな生活を取り戻した。
肺がん宣告、別れた妻子への謝罪
しかし2021年、コジマさんは小細胞肺がんと診断された。かなり進行していて治る見込みはない。西田は電話越しに号泣し「生まれ変わって真面目に生きとる人間が、なんで死ななあかんねん! 神はボーッと寝とるんですか」とわめいた。
余命を悟ったコジマさんは、別れた妻子に会って謝りたいと吐露。西田は手紙を送るが返事はなく、電話も着信拒否に。直接家を訪ねてもドアは開かなかった。コジマさんは「しゃあないわ。ずっと家庭を顧みなかったんやから」と気丈に振る舞った。
最期の手紙、そして葬儀
容体は日に日に悪化したが、鼻にチューブを入れながら教会に通い、咳き込みながら賛美歌を歌った。西田は「ガンなんか口から放り出せ!」と笑顔で励ましつつ、せめて遺骨を教会で引き取る許可をと親族に最後の手紙を送った。
21年7月21日朝、コジマさんは死んだ。教会に戻った西田のもとに、コジマさんの娘から手紙が届いていた。中には葬儀や骨上げの委任状と、一言「亡くなっても、こちらに連絡はしないでください」と記されていた。2日後の教会での葬儀で、西田は聖書の一節を読み上げた。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」。
コジマさんの死には意味があるはずだと西田は思ったが、まだ想像もつかなかった。更生し心から謝罪しても、傷つけられた家族のわだかまりは消えない。西田たちはその後も、過去の重さを痛感することになる。



