山の仕事を職業として確立しようと奮闘してきた松見真宏さん。高専時代に「研究者のように一つのことに集中することができない」と気づき、登山家や山小屋の支配人にも向いていないと判断。大学では研究や調査を通じて山での活動を模索し、卒業後の生活を支える就職先を早く確保しようと考えた。
山に関する仕事を広く扱う会社がないことを理解し、木材を選ぶ部署がある会社に就職。しかし入社後、図面を書く部署に配属され、山に直接関われないことに悩んだ。木材を通じて山の荒廃問題を解決したいという思いから、1年半働いて150万円を貯め、24歳で退職した。
極寒の家での生活
退職後、松見さんは家賃1万5000円の家に引っ越した。もともと住んでいた3万5000円の2Kから、諏訪湖近くの2DKへ。家は傾いていたが、冬は−15℃になる諏訪で暖房を使わず、寝袋で寝る生活を送った。
「これが冬山登山の訓練にぴったりなんです」と松見さん。寒い日は荷物を背負って諏訪湖周辺を歩いたり走ったりし、八ヶ岳、南アルプス、中央アルプス、北アルプスが近いことから、一石二鳥だったと振り返る。
山を生業とする人々との出会い
松見さんの挑戦は続く。山を生業とするさまざまな人々との出会いを通じて、新たな道を模索している。山仕事の可能性を信じ、厳しい環境の中でも自らの道を切り開こうとしている。



