戦死した父への思い、河内さんが語り部に 福岡で追悼式前に
戦死した父への思い、河内さんが語り部に 福岡で追悼式前に

福岡市博多区の福岡県立福岡武道館で15日に開かれた県戦没者追悼式に先立ち、同館では語り部の会が行われ、同県うきは市の河内恵美子さん(83)が、戦死した父への思いや戦後の歩みを語った。約30人の学生らに対し、戦争に翻弄された自身と家族の人生を明かし、「戦争がどんなに悲惨か、これからを担う若い人たちに知ってほしい」と訴えた。

父の戦死と遺骨のない木箱

父・三善忠夫さんは、河内さんが生まれる前、身重の母を残して出兵。1944年、激戦地の東部ニューギニア(現・パプアニューギニア)で、30歳で戦死した。戦地から届いた木箱に遺骨はなく、小さな木片だけが納められていた。

母の再婚と晩年の姿

戦後、河内さんは父方の祖父母に引き取られた。母は実家に戻り、後に再婚したが、河内さんとの交流は続いた。母は戦争の話はしなかったが、戦地から相次いで帰国する人々を見て、「もし父様が帰ってきたら、あなたは一生添うてやってね」と河内さんに伝えた。晩年は認知症を患い、何度も「忠夫さん」と口にした。亡くなるまでずっと、帰ってくることを期待しているように見えた。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

父が眠る島を初訪問

60歳を超え、父が眠る島を初めて訪れた。写真でしか知らなかった父にようやく会えたように思えて、涙があふれた。「お父さんがいたら、どんな人生だったかな」。そう語りかけた。

自らの半生を語り終えた河内さんは、「戦争は妻から頼れる夫を奪い、子供から親を奪い、本人から命を奪って何も残らない。二度と戦争することがないように、私たちが語り継がなければ」と、固く決意した。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ