乗客・乗員520人が犠牲となった日本航空(JAL)のジャンボ機墜落事故は12日、発生から41年を迎えた。事故現場となった群馬県上野村の「慰霊の園」では追悼式典が開かれ、墜落時刻の午後6時56分にJALの鳥取三津子社長(61)らが黙禱を捧げた。
事故年にCAとして入社した鳥取社長
鳥取社長は事故が起きた1985年、後にJALと経営統合する日本エアシステム(JAS)の前身・東亜国内航空に客室乗務員(CA)として入社。2024年、CAとして初めてJALの社長に就任した。
事故の記憶の継承が課題に
JALの現役社員で、事故時に入社していたのは全体のわずか0.01%の2人にまで減った(前年0.1%、17人)。事故の記憶や教訓をどうやって引き継いでいくかが課題となっている。
相次ぐ飲酒事案、社長が謝罪
ただ、JALでは近年、パイロットやCAによる飲酒事案が相次いでいる。今年5月、国内線に乗る予定だったCA2人が、社内規定に違反して滞在先で飲酒し、交代要員の手配で出発が遅れた。このうち1人は責任者であるチーフパーサーだった。24年には男性機長らが、社内規定を超えて飲酒し、それを隠して乗務したとして、国土交通省から行政指導にあたる業務改善勧告を受けた。
鳥取社長は度重なる不祥事を謝罪し、「JALグループの社員全員が安全の文化を作る一人ひとり。安心してご搭乗頂けるように、社会から信頼を得られるようにしていく」と約束した。



