ハンセン病の隔離政策は、戦争と非常に深い関係があったと考えています。
患者を隔離する最初の法律が1907年にできた背景には、日清・日露戦争がありました。戦争に勝ち、「アジアの大国」「欧米列強と肩を並べる国」という意識を強める中で、街にハンセン病患者がいることは「国家の恥」とみなされるようになりました。つまり、隔離政策は病気の治療や予防が目的というより、国の体面を保つために患者を社会から見えなくするという発想から出発しました。
戦勝国としての意識と隔離
戦勝国となり、「強い国家を…」という意識が強まる中で、隔離政策が進められたと指摘する。
戦後81年となり、ハンセン病患者の隔離を定めた「らい予防法」が廃止されて30年が経つ。病に冒されながらも戦時下を生き抜き、戦後も差別や偏見に悩まされてきた元患者らがいる。



