福井県立恐竜博物館の寺田和雄副館長は、海外での調査経験について語った。南米チリのパタゴニアでは真夏でも雪が残る寒さと強風に直面し、オーストラリアでは虫が目に入り込むほどの被害にあったという。
モンゴル調査の成果と人脈
平成10(1998)年のモンゴル調査は、後に博物館の仕事にも意外なメリットをもたらした。「モンゴルの調査をずっとやって、そこで出てきた標本をモンゴルで調べられたこと」が成果の一つだという。
もう一つの成果は、調査隊で一緒だったモンゴルの恐竜研究家バルスボルト博士とのつながりだ。標本を展示する際、博物館ではレプリカ(複製)を購入する場合もあるが、同館ではモンゴル側に依頼してレプリカを製作させてもらった。通常は許可を得るのが難しいが、「バルスボルト博士のおかげでスムーズにいきました」と振り返る。
オーストラリアでの虫被害
平成15(2003)年には、学術調査ではなく博物館の特別展のためにオーストラリアを訪れた。目的は、6億年より少し前の時代に出現した大型動物群であるエディアカラ動物群の化石産地の視察だった。
このときは虫が非常に多かったという。網付きの帽子をかぶっても隙間からハエなどが侵入し、「特に、目のあたりがひどい。虫にしてみたら人間の目の水分を取りたいからそうするんです」と当時の状況を説明した。
パタゴニアでの植物化石調査
パタゴニアには平成15年から22年にかけて、2年に1度ほどのペースで通った。中央大学の西田治文氏が中心となった調査隊で、南極大陸から伸びる半島の先端に近いこの地域では植物化石が多く産出する。
寺田氏は、白亜紀後期の南極は現在のような雪と氷の世界ではなく、広葉樹や針葉樹が生い茂る林に覆われ、恐竜も生息していたと説明する。南極で材化石(木の化石)を研究するオランダ人研究者がいる一方、パタゴニアには材化石の研究者がいなかったため、同氏はパタゴニアの材化石を全て調査した。その結果、「もともと南極にあったものが南米(パタゴニア)に動いてきたことが分かるし、その変遷がつかめるので、結構面白かった」と語る。
調査は毎回クリスマス前に出発し、チリの首都サンティアゴで道具や食料を約1週間かけて調達。そこから飛行機で南米最南端のプンタアレナスへ飛び、レンタカーで現場に向かう。12月から翌年1月は南半球では真夏にあたるが、「すごい風が吹く」「夏なのに雪が残っているし、結構寒い」と過酷な環境だったようだ。それでも、そんな辺境には人が住んでいるという。



