秋山真之の電文や戦艦大和の戦闘詳報、防衛研究所に眠る一級史料の収集経緯を展示
秋山真之の電文や大和の戦闘詳報、防衛研で収集経緯を展示

明治以降の陸海軍の戦史史料約10万冊を所蔵する防衛研究所で、史料収集の歩みを紹介する企画展示が開催されている。終戦から10年後の昭和30年に防衛庁戦史室(現・防衛研戦史研究センター)が発足し、公刊戦史「戦史叢書」の編纂などのために史料収集が始まった。今年は昭和100年の節目に合わせ、史実や先人たちの息遣いを伝える展示構成となっている。

4部構成でたどる史料収集の変遷

東京・市ケ谷の防衛省敷地内にある防衛研の1階エントランスでは、代表的な史料の一部が展示されている。展示は①戦史史料の収集期(昭和30年代)②「戦史叢書」の編纂期(同40年代)③戦史史料の公開期(同50年代)④同(平成28年市ケ谷移転以降)-の4部構成だ。

企画した山口昌也研究員(33)は「いつ、どのような戦史史料が収集・寄贈されたのか、激動の昭和からの流れに照らして知ってもらえたら」と語る。

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赤城艦長の訓示や大田実の決別電報

戦史室の発足期には、復員将兵や在外邦人の帰還を担った厚生省引揚援護局(現・厚生労働省社会・援護局)から陸海軍の史料約9500冊が移管された。真珠湾出撃前の空母「赤城」艦長の訓示は81年後に寄贈され、その内容が明らかになった。また、沖縄戦での県民の献身と犠牲を伝える海軍沖縄方面根拠地隊司令官・大田実の決別電報も所蔵されている。

山口氏によると「いずれも軍人恩給や遺族援護の業務のために使用された文書と考えられる」という。真珠湾攻撃に加わり、ミッドウェー海戦で沈んだ空母「赤城」飛行隊の行動記録もある。

米国から返還された史料

戦中戦後、米軍は日本軍の史料を接収し、米国本土へ移送した。日本政府は昭和31年から返還交渉を実施し、33年に約4万1000冊が返還された。現在も防衛研所蔵史料の4割を占める。ただ、返還されたのは一部で、今も膨大な数の史料が米国に残っているとみられる。

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