昨年9月、東京都内のホールで、亀谷敏子さん(94)が昭和20年3月の東京大空襲の経験を語った。「火の付いた木片やトタン板がぼんぼん飛んできます。父はコンクリート塀の向こう側に私の体をほうり投げ、父も隣に来て塀を背にトタン板をかぶりました。至る所に火が付き、真夜中なのに周囲は明るくて、B29の搭乗員が笑ったのが見えました」
800人以上が詰めかけた証言の集い
戦争体験者の証言を聞くつどいで、ホールには800人以上が詰めかけていた。当時13歳で東京都深川区(現江東区)に住んでいた亀谷さんは、空襲により、母と姉、3人の妹、弟の6人を失った。4日後に見つかった母は髪の毛がすべてなくなり、着物で母だと分かった。1歳の弟は首や足首がなく、5歳の妹は腰から上だけだった。
会場に広がる静寂と素朴な疑問
時折声を詰まらせながら、懸命に話す亀谷さんの姿に、会場は水を打ったように静まり返った。だが、一部の聴講者は素朴な疑問を抱いたに違いない。「真夜中の地上から、B29搭乗員の顔が見えるのだろうか?」



