白血病再発で視覚障害に 中川桃子さんの葛藤と希望の物語
三重県亀山市に住む中川桃子さん(36)は、白血病の再発により視覚障害を抱えることになりました。読売新聞のインタビューに応じた中川さんは、医学の進歩を恨んだ日々から、前向きに生きるまでの心の軌跡を率直に語りました。
寛解から5年半後の突然の再発
中川さんは、白血病の症状や検査の異常が消失する「寛解」状態から5年半が経過した2017年夏、まさかの再発が確定しました。当時は四日市市内のサービス付き高齢者住宅で看護師として働いていましたが、春頃から頭痛が始まり、6月には働けなくなるほど症状が悪化しました。
「一時は医学の進歩を恨んだ」と告白する中川さん。治療のつらさだけでなく、周囲との環境の違いによる精神的な苦痛も大きかったといいます。「学生時代は、卒業式に出席できない、サークルの追い出しコンパにも参加できない……。やりたいことが何一つできないつらさがきつかった」と振り返ります。
死の恐怖と向き合った経験
中川さんがかかったのは、出血傾向の強い急性前骨髄球性白血病。主治医からは「転んでいたら死んでいたよ」と言われるほど危険な状態でした。「死に対する恐怖心はあまりない」と語る背景には、緊急入院から死の崖っぷちに立たされた経験があります。
「叱られるかもしれないが、医学の進歩がなければ、つらい治療を受けなくて済む。その代わりに待っているのが『死』だ」と、医療の進歩に対する複雑な思いを明かしました。
再発確定までの経緯
2017年3月で寛解から5年を迎え、予後は順調でした。藤田保健衛生大(現藤田医科大)での定期検査では、主治医から「今後は1年に1度の診察にしよう」と言われていたほどです。
しかし、7月半ばに実家でてんかん発作を起こし、鈴鹿市内の病院に救急搬送されました。脳神経外科や血液内科で様々な検査を受ける中、8月に脳の脊髄液を採取する検査で白血病の細胞が発見され、再発が確定しました。
原因が分かった安堵の瞬間
再発が確定したときの率直な気持ちについて、中川さんはこう語ります。「ショックより『やっと原因が分かった』という安堵の思いが強かった」。当時は猛烈な頭痛やてんかん発作、腕の脱力感やしびれに悩まされ、意識がもうろうとする日々が続いていました。
病院でてんかん発作を起こしたとき、母がその場に居合わせました。医療従事者が「桃ちゃん、桃ちゃん」と懸命に呼びかける差し迫った空気を感じ取った母は、「桃ちゃんはもう死ぬんだ」と悟ったと後日聞かされたといいます。
2割の生存率に入った現実
学生時代に最初の白血病治療を受けたとき、中川さんは生存率が8割以上だと聞かされていました。再発が確定した瞬間、その記憶がよみがえり、「ああ、私は2割に入ったんだな」と思ったそうです。
現在、中川さんは白杖を手に「1人で出歩くのもトレーニング」と前向きに生活しています。そして、藤田保健衛生大への転院が決まり、新たな治療の道が始まりました。
ユニバーサルデザイン・アドバイザーとしての活動
中川桃子さんは1990年亀山市生まれ。現在は「誰もが暮らしやすい共生社会」を目指すユニバーサルデザイン・アドバイザーとして活動しています。小中高校や大学、地域などで実体験を自分の言葉で語る講演は、「あなたに今、何ができるか考えてほしい」というメッセージとともに好評を博しています。
白血病との闘い、視覚障害との向き合い方、そして前向きに生きるためのヒント――。中川さんの物語は、多くの人に勇気と希望を与え続けています。



