心不全パンデミックの脅威
「狭心症でも不整脈でも、弁膜症でも、心臓の病気を放置すれば最終的に行き着く先は『心不全』です」と、東京ハートリズムクリニック新宿の井上健司院長は警告する。心不全とは、心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなる状態。少し歩いただけで息切れし、足がむくみ、横になると息苦しくなり、入退院を繰り返して生活の質(QOL)が著しく低下する。
井上院長によれば、かつては心筋梗塞などを発症するとそのまま亡くなるケースが多かったが、医療の発達により一命を取り留める患者が増加。その結果、弱った心臓と長期に付き合う患者が急増している。超高齢化が進む日本では、心不全患者の増加が予測され、医療費の圧迫から「心不全パンデミック」と専門家の間で呼ばれる社会問題となっている。
カテーテルアブレーションの進化
不整脈の根本治療として注目されるのが「カテーテルアブレーション」だ。心臓内の異常な電気信号を発生させる原因部位を、カテーテルを用いて高周波で焼灼(アブレーション)することで、不整脈を根治させる。井上院長は「不整脈は火種のうちに消したほうがいい。放置すると心不全に進行するリスクが高まる」と強調する。
最新の技術では、心臓の3Dマッピングシステムを用いて正確に異常部位を特定し、より安全で効果的な治療が可能になった。手術時間は従来よりも短縮され、患者の負担も軽減されている。特に発作性心房細動に対しては高い成功率を示しており、早期治療が重要だ。
いびきが心臓を壊す?放置の危険
「ただのいびき」と軽視してはいけない。睡眠時無呼吸症候群(SAS)が疑われる場合、心臓に大きな負担がかかる。SASでは睡眠中に何度も呼吸が止まり、血中酸素濃度が低下。そのたびに心臓は酸素を供給しようと激しく拍動し、長期的には心房細動などの不整脈や高血圧、心不全を引き起こすリスクが高まる。井上院長は「いびきは心臓からのSOSサインかもしれない」と注意を促す。
実際、SAS患者は心房細動の発症率が2〜4倍高いというデータもある。治療にはCPAP(持続陽圧呼吸療法)が有効で、不整脈の改善にもつながるケースが多い。
飲酒で肝臓より先に心臓が悲鳴
深酒も心臓の大敵だ。アルコールは心筋を直接抑制し、不整脈を誘発する。特に「ホリデーハート症候群」と呼ばれる現象では、休日に大量飲酒した後に心房細動が発生することが知られている。井上院長は「肝臓以上に心臓がアルコールに敏感な人もいる。適量を守ることが重要」と語る。
また、長期間の過剰飲酒はアルコール性心筋症を引き起こし、心不全の原因となる。40代以降は代謝能力が低下するため、以前と同じ量の酒でも心臓への影響が大きくなる。
心臓を守る運動の黄金法則
無理なマラソンも心臓に負担をかける。井上院長は「40代からは『足し算』より『引き算』の発想が必要」と指摘。過度な運動は心筋に炎症を起こし、不整脈のリスクを高める。一方で、適度な有酸素運動は心臓を強化する。理想的な運動法は「ワンちゃん(犬)に学べ」と井上院長。つまり、毎日30分程度の散歩を継続することが、心臓に最も優しい運動だという。
具体的には、ウォーキングや軽いジョギングを週に150分程度行うことが推奨される。強度は「会話ができる程度」が目安。運動前後のストレッチや水分補給も欠かせない。
早期発見と生活習慣の見直し
52歳の筆者が不整脈専門クリニックで診断を受けた経験からも、早期発見の重要性が浮き彫りになった。突然の動悸や胸の違和感を感じたら、放置せずに専門医を受診すべきだ。井上院長は「強い胸痛や左肩の痛みは必ずしも心臓由来とは限らないが、危険な症状の見分け方を知っておくことが大切」と説明する。
具体的には、胸が締め付けられるような痛みが数分続く、階段や坂道で息切れがひどくなる、夜間に突然息苦しくなって目が覚めるなどの症状は要注意。これらの兆候を軽視せず、生活習慣の見直しと併せて定期的な検査を受けることが、心不全パンデミックから身を守る最善の方法である。



