「女性は料理を作るはず?」料理とジェンダーの根深い関係を考える
「女性は料理を作るはず?」料理とジェンダーの根深い関係

初対面の人と話す時、「料理」は無難なテーマです。どこの国の料理が好きなのかなど、相手の好みを知ることができますし、互いのお薦めのレストランについて情報を交換し合うなど、気軽に話せる安心感があります。

ところが、そうではない場面もあるようです。その一つが婚活の場。男性は気軽に女性に「得意料理は何?」と聞くのですが、女性が自身の得意料理を答えた後に、男性に「あなたの得意料理は?」と聞き返すと、「俺は別に作らないし」というようなぶっきらぼうな回答が返ってくる、というエピソードが先日SNSで話題になりました。

「私作る人 僕食べる人」の構図

婚活の場ではなくても、料理に関しては、男性から女性への「上から目線」の言動が目立ちます。「知人程度の男から得意料理を聞かれることが頻繁にあった」という女性が、SNSにこんな投稿をしていました。女性が得意料理を「和食系。煮物系とか」と答えると、男性たちは何を勘違いしたのか、「作って」とか「それは女のよくある勘違い! 男が好きなのはカレーやハンバーグやオムライス!」と返答したというのです。

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このように「女性なら料理を作って当たり前」と考え、「料理」を通して女性を品定めする男性が一部にいるのです。筆者は女性ですが、日本にいると「ドイツ料理は何を作るんですか?」とよく聞かれます。あるパーティーで観察していたら、日本在住のドイツ人男性は、周りの日本人に「ドイツ料理は何を食べるんですか? 何がおいしいんですか?」と聞かれていました。

つまり同じ「料理」がテーマでも、筆者は女性だから「ドイツ料理を作る人」だと思われていて、ドイツ人男性は「ドイツ料理を食べる人」だと思われているようです。まるで1970年代のテレビコマーシャル「私作る人 僕食べる人」のようで、笑ってしまいました。「まさか、令和の時代に……」と思いましたが、根本的なところでマインドはあまり変わっていないようです。

男性のひとことで寿司を手配する母親たち

これまで、「料理」と「ジェンダー」は切り離せないものだと感じる場面に、多く遭遇してきました。筆者は小学生の頃、ドイツに住んでいたのですが、週に1度、日本語補習校に通っていました。同級生も先生も全員が日本人です。当時、学校では「プロフィール帳」(サイン帳)がはやっていました。同級生や先生が、将来読んだら思い出になるようなメッセージを書き込むものです。

ある時、日本人の男の先生が、生徒らのプロフィール帳に「ひとこと 寿司が食いたい!」と書きました。当時(昭和の終わりの頃)のドイツは、今とは違い、気軽に寿司が食べられませんでした。先生の書き込みを見て、「先生はプロフィール帳に書くぐらいお寿司が食べたいんだな」なんて思った記憶があります。

しばらくすると、その先生のクラスに通う生徒の母親たちが「先生はお寿司が好きみたいだから」と、あるお店に頼んで先生に寿司を届けたのです。海外で生活する日本人同士のほほ笑ましい話だと言えなくもないですが、今になって考えてみると、「男性を甘やかしすぎ」とも思います。

女の先生で「寿司が食べたい」なんて書く人はいませんでした。女性は「女性だから」という理由で、無意識にありとあらゆる面で人に気を使う傾向があるのです。ところが男の先生は、いとも簡単に男言葉も交えて「寿司が食いたい!」と発信しました。そして女性、この場合は母親たちがその発信を受け、先回りをして寿司を手配してしまいました。

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もし、女性教師が同じことをプロフィール帳に書き込んだら、「ずうずうしい」と思われる可能性が高いと思いますし、母親たちが寿司を用意したでしょうか? 男性が「これが食べたい」と言うと、当たり前のように女性がそれを用意する風潮が、昭和時代の日本には確かにありました。

ちなみに、前述の男の先生は独身だったのですが、クラスのちょっとマセた感じの女の子が「先生はドイツ人の女の人と結婚するの?」と質問をした時の答えは、「毎日ドイツ料理ばかり食いたくない」でした。質問が質問なだけに、先生も冗談を交えて答えたのだとは思いますが……。ここでも「妻は料理を作る人、自分は食べる人」という先生の価値観があらわになったのでした。

ドイツも昔は「女は家で料理」だった

ただ、この手の考え方は日本に限ったことではありません。1970年代頃までドイツでも Kinder, Küche, Kirche(子供、キッチン、教会)という「3K(ドイツ語で die drei K)」が、「女性のいるべき場所」だとされていました。子供の世話と家事、そして、キリスト教会のモラルに沿って生きることが女性の宿命だった時代が、確かにあったわけです。

現在のドイツでは、この「女性にとっての居場所はやっぱり3K」という旨の発言はタブーです。先日、「半世紀前、よくドイツに行っていた」というドイツ語を話せる日本人の高齢男性が、ドイツ人たちにこの「3K」の話を振ってしまい、「昔のドイツ女性は子供、キッチン、教会が中心の生活だったと聞きますが……」と話し始めたところ、同席していたドイツ人女性が顔をしかめていました。今は慎重に扱わなければいけないテーマです。

ところで、ドイツ人男性と結婚した日本人女性からよく聞く話があります。それは、「夫は毎朝パンとバター、そしてヌテラがあれば満足だから、食事の支度がとても楽」というものです。筆者は何度耳にしたか分からないぐらい、たくさんの日本人女性から聞いてきました。一般的に、ドイツの人は日々の食事について、手作りや品数の多さにはこだわりません。日本人女性の間ではそれで、「ドイツ人の男性はラク」ということになっているようです。もちろん国際結婚ですから、別の面で大変なことはあるのだと想像しますが。

令和の時代にも「結婚をしたら、毎晩、妻の作った温かい食事が食べられる」と信じてやまない男性がいます。SNSを見ると、そういう価値観の男性に遭遇してしまった女性の愚痴が多く投稿されています。でも、もしかしたら、大半の人が価値観をアップデートできているなかで、一部の男性がアップデートできていないからこそ目立つのかもしれません。もしそうだとしたら、それは社会が変わってきている証しなのでしょう。