徳川慶喜家の5代目当主である山岸美喜氏が、同家の墓じまいに伴う苦難と孤独な闘いを明かした。親族ほぼ全員が反対する中、名門ゆえの重責と向き合い、2025年に正式に祭祀継承者となった経緯を語った。
親族の反対と遺言書の壁
墓じまいを実行するには祭祀継承者である必要があり、相続人の同意が不可欠だった。しかし、山岸氏の親族のほとんどが反対し、同意を得るのに苦労したという。さらに、前当主・慶朝氏の遺言書が自筆遺言書だったため、裁判所で正式な遺言として認めてもらう手続きが必要となり、弁護士を依頼して進めた。
遺産配分などにも時間がかかり、山岸氏が正式に祭祀継承者となったのは2025年。慶朝氏の死去から実に8年の歳月が経過していた。
上野東照宮との縁と墓地の現状
祭祀継承者となった山岸氏は、墓じまいの方法に頭を悩ませた。一般的な墓じまいでは、自治体に改葬許可証を申請し、遺骨を取り出して合同墓地などに改葬し、墓石を撤去して更地にしてから寺や管理者に返還する。しかし、徳川慶喜家の場合はそう簡単にはいかない。
敷地内には慶喜の墓だけでなく、正妻や側室、夭折した子どもたち、老女、歴代当主の墓が並び、高松宮妃殿下ご寄贈の記念碑もある。さらに、徳川慶喜の墓は東京都の史跡指定を受けている。
文化財としての価値と管理費用
徳川慶喜家の墓地は文化・歴史的価値が極めて高いため、勝手に撤去して更地にすることはできない。これまで管理費用はすべて徳川慶喜家が捻出してきたが、現在の体裁を維持したまま管理を外部に委託するには、その負担を引き受けてもらう必要がある。
さらに、石塀の一部が傷んでおり、建て替えには数千万円の費用が見込まれている。
遺骨移転の難しさ
山岸氏は「遺骨を移すのも簡単ではない」と述べ、史跡指定された墓の取り扱いや、関係機関との調整の難しさを強調した。墓じまいには、文化財保護法や東京都の条例に基づく許可が必要となる可能性もあり、今後の見通しは立っていない。



