元厚生労働相で公明党副代表を務めた坂口力(さかぐち・ちから)氏が7日、高松市で老衰のため死去した。92歳だった。所属していた公明党が12日、発表した。
厚労相としてハンセン病政策に向き合う
三重県出身の坂口氏は、三重県立大(現・三重大)大学院で医学博士を取得。1972年の衆院選で初当選し、通算11期務めた。
森喜朗内閣での省庁再編で初代厚生労働相に就任。続く小泉純一郎内閣でも厚労相に就き、約3年8カ月にわたって務めた。
ハンセン病訴訟での決断
2001年、熊本地裁がハンセン病患者の強制隔離政策を違憲と認め、国に賠償を命じる判決を出した。この時、坂口氏は控訴断念を働きかけ、最終的に小泉首相(当時)は控訴断念を決めた。その後、坂口氏は厚労相として初めてハンセン病療養所を訪問し、謝罪した。
熊本地裁判決から25年を迎えた今春、坂口氏は朝日新聞のインタビューに応じ、決断の舞台裏をあらためて語っていた。判決から3日後に原告らと面会した時には、強制隔離による壮絶な被害にただ聴き入るしかなかったという。「人の話を聞いてこれ以上耐えられないと思った人生初めての出来事でした」と語った。控訴断念の決断は間違っていなかったが、「どれほど遅かったか」という思いがぬぐえなかったことも明かしていた。
晩年と引退後
2012年に政界を引退。晩年は、沖合に国立療養所「大島青松園」がある高松市に暮らした。



