元・東京大学史料編纂所教授の本郷和人氏は、本能寺の変が日本史上最大の謎であり続ける理由について、史料に残されているのは行動や経過のみで、明智光秀の内心までは記されていないためだと指摘する。光秀の動機を解明しようとする試みは歴史学の枠を超え、物語の領域に属するからこそ、現代も多くの人々を惹きつけているという。
信長を滅ぼした「黒幕」を探す物語
1582年6月、織田信長が家臣・明智光秀によって討たれた本能寺の変は、日本史で最も著名な事件の一つである。犯人は明らかであるにもかかわらず、「なぜ光秀は主君を討ったのか」という問いが数百年にわたって繰り返されてきた。怨恨説、四国政策をめぐる対立、豊臣秀吉や徳川家康が背後にいたとする黒幕説、朝廷関与説など、さまざまな仮説が唱えられてきたが、いずれも決定的な証拠はない。
「光秀冷遇説」だけでは説明できない
本郷氏は、信長という巨大な存在がわずかな供回りしかいない京都で討たれたこと、歴史の大転換が一夜で決まったことへの不安が、黒幕や深い怨恨を求める心理を生み出すと分析する。「大きな出来事には大きな理由が必要だという感覚が、本能寺を物語へと押し出してきた」と述べ、出来事と理由を釣り合わせる意味づけを人々が探し続けていると指摘する。
動機の解明は歴史学者の専門外
本郷氏によれば、史料が語るのは誰かの行動やその場の経過であり、光秀の心の中までは書かれていない。動機の解明は歴史学者の専門外であり、物語の領域に属する。だからこそ、本能寺の変は特別な謎として人々を魅了し続けている。同氏は著書『東大教授、日本史の謎を語り尽くす』(宝島社)で、この事件が歴史の偶然や必然を考える上での重要なケーススタディであると論じている。



