朝ドラ『風、薫る』でも話題 大日本帝国憲法制定時の民衆の実態と政府の思惑
大日本帝国憲法制定時の民衆の実態と政府の思惑

連続テレビ小説『風、薫る』でも描かれた大日本帝国憲法の制定。1889年2月11日、明治天皇が発布したこの憲法は、日本初の近代的憲法として歴史に刻まれている。しかし、当時の民衆の反応はどのようなものだったのだろうか。伝記作家の真山知幸氏が、その実態を詳しく解説する。

公布日の狂騒と無理解

大日本帝国憲法が公布されると、東京市内は大変な騒ぎとなった。正岡子規は『墨汁一滴』の中でその日の様子を次のように描写している。「朝起きて見れば一面の銀世界、雪はふりやみたれど空はなほ曇れり。余もおくれじと高等中学の運動場に至れば早く已に集まりし人々、各級各組そこここに打ち群れて思ひ思ひの旗、フラフを翻し、祝憲法発布、帝国万歳など書きたる中に、紅白の吹き流しを北風になびかせたるは殊にきはだちていさましくぞ見えたる」。山車を曳いたり芸者が踊ったりと、まさに狂喜乱舞の様相だった。

しかし、肝心の憲法の内容については、ほとんど理解されていなかったというのがよく知られた話だ。職人の中には「憲法発布」を「ケンプの法被」と聞き間違え、「絹布の法被を着せて下さるそうだ」と喜んでいた者もいたと、『九州日報』主筆の福本日南や文芸批評家の高田半峯らが書き残している。誇張された部分もあるかもしれないが、それだけ憲法が何かを理解せずに民衆が騒いでいたことを示している。

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政府による人為的な演出

実は、この騒ぎは明治政府によって人為的に作られたものだった。明治政府に招聘されていたドイツ人の医師、エルヴィン・ベルツも「こっけいなことに、誰も憲法の内容をご存じないのだ」と同様のことを書いているが、ベルツはこの騒ぎの舞台裏も暴露している。

ベルツの記述によれば、憲法が公布されるとのニュースが広まった時点では、国民は極めて無関心だったという。しかし、明治政府が地方官吏と新聞に指令して、「この日は、礼服を着て、酒を飲み、お祝いをするのが、忠実な者全員の義務である」といった具合に記事を書かせたのだとつづっている。つまり、表面的な熱狂の裏には、政府による組織的な祝賀ムードの演出があったのである。

地方官吏への働きかけ

政府は地方官吏を通じて、各地で祝賀行事を強制的に実施させた。例えば、学校では児童に憲法発布の意味を教えることなく、ただ祝賀行事に参加させるよう指示が出された。神社や寺でも祝賀の儀式が行われ、町中に提灯や旗が掲げられた。このような強制的な祝賀は、国民の間に憲法への関心や理解を深めることなく、むしろ形だけの忠誠を示すことを求めるものだった。

こうした背景から、大日本帝国憲法は「無憲法状態」とも揶揄されることがある。実際、憲法の条文は国民の権利を認めつつも、法律の留保や天皇の大権によって大きく制限されていた。しかし、当時の民衆はそのような内容を理解する機会を与えられず、ただ政府の演出に乗せられて祝うだけだったのである。

現代への教訓

『風、薫る』で描かれた明治の世の中に漂った空気感は、現代にも通じるものがある。情報が氾濫する現代においても、私たちは本当に理解した上で祝祭に参加しているだろうか。歴史は繰り返すと言われるが、過去の教訓を生かすためにも、このような事実を知っておくことは重要である。

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