伊藤博文を暗殺した韓国の民族主義者、安重根の遺墨「獨立」が、映画化を機に再び注目を集めている。この遺墨は現在、京都市の龍谷大学が所蔵しており、韓国側では独立への意志を象徴するものとして特別視されている。遺墨をめぐっては、韓国国内の複数の施設が購入や展示を競う一方、日本での保存を望む所有者の意向もあり、その行方は混沌としている。
遺墨「獨立」の来歴と発見の経緯
安重根は1910年、中国・旅順の監獄で処刑されるまでに多くの遺墨を残した。その中で唯一、政治的メッセージを直接表現したのが「獨立」である。この遺墨は、安重根が収監中に身の回りの世話をしていた日本人看守、設楽正雄に託された。正雄は日本に持ち帰り、長年保管していた。
「獨立」の存在が広く知られるようになったのは、韓国の公共放送KBSとノンフィクション作家の斎藤充功が共同取材を行った2000年頃のことだ。設楽正雄の息子である正純(故人)は、ソウルで記者会見を開き、長らく遺墨の存在を明らかにしなかった理由について「大切に保存してきたが、その気持ちが伝わるか心配だった」と述べた。また、安重根の生まれ故郷である北朝鮮の人々にも見てほしいと語り、積極的に公開することを約束する書面を残している。
韓国側の熱い視線と所有権をめぐる攻防
現在、韓国側では安重根義士記念館(ソウル)、独立記念館(天安市)、さらに京畿道が建設を計画する「平和センター」(仮称)などが、遺墨の購入や展示を競っている。しかし、所有権を持つ設楽正純の遺族は、韓国側に所有権を譲る考えはなく、日本での保存を望んでいるとされる。このため、韓国側の「故国に里帰りを」という思いは空回りしているのが実情だ。
龍谷大学図書館は筆者の問い合わせに対し、「取り扱いについては、寄託者の意向に添って対応している」と回答した。過去には寄託者の同意を得て、大韓民国歴史博物館に現物を貸与(2024~25年)した実績もある。大学内では毎年、図書館でレプリカを用いた展示を行い、授業でも活用している。また、韓国の大学などからの要請に応じて、実物の見学を受け入れたこともあるという。
遺墨の現状と日韓関係への展望
「獨立」の発見に関わったKBS元研究員の金光萬(キム・グァンマン)は、筆者に対し現状を嘆く。「遺墨の所有者は孫世代となっており、安重根や当時の日韓関係さえもわからなくなっている。このため遺墨は各地に散在したまま、放置されている」
その上で、金光萬は「現在の韓国は、安重根の遺墨を適切に保存・展示できる環境を備えている。安重根の精神と、それを守ってきた日本人の心が総合的に集約され、日韓関係のより良い未来や連帯へと昇華できるのではないか」と語り、遺墨「獨立」の韓国での常設展示を望んだ。
遺墨「獨立」をめぐる動きは、日韓両国の歴史認識や文化財の所有権問題を浮き彫りにしている。今後の展開が注目される。



